りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

燃焼のための習作(堀江敏幸)

イメージ 1

運河沿いの雑居ビルで探偵事務所を構える中年男性の枕木。その事務所に雇われながら枕木の世話も見ている郷子さん。事務所を訪れた熊埜御堂という珍しい名を持つ中小工場の経営者。時ならぬ雷雨に降り込められた3人が、とりとめのない会話を交わすだけの作品です。

しかしその会話がおもしろいのだから、やはり小説として成立しているのでしょう。鳩の死骸を片付けたエピソードから始まり、「燃焼のための習作」と名付けられた風見鶏のオブジェの話を経由して、「向かい鳩」の家紋に行きつく会話の流れを「本流」とすると、その周囲にはさまざまな支流や伏流が渦巻いているのです。

ハッチバックのように行きつ戻りつする会話は、郷子がクリーニング店で会った主婦たちや、ホームレスの伊丹さんや、個人タクシーの枝盛さんや、オブジェに関わる元依頼人の女性や、熊埜御堂氏の別れた妻と息子の消息や、互いの意外な関係など、主題が自由自在に移っていくようです。その間隙を、風雨や雷鳴、甘いコーヒー、郷子が作るスパゲティとお握りなどが繋いでいくのです。

3人が3人とも、「話し上手」というよりも「聞き上手」であることが、このような会話の時間を成立させているのですね。年齢を重ねるに連れて、「聞き上手」であることの難しさがわかってきたように思えます。

2018/9