りぼんの読書ノート

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所有せざる人々(ル=グィン)

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同じ世界観を共有する「ハイニッシュ・ユニバース・シリーズ」ですが、初期作品に顕著な幻想性は第4作の闇の左手以降は薄まり、第5作の本書は哲学的ともいえる作品になっています。

恒星タウ・セティをめぐる姉妹星ウラスとアナレスは、全く異なる世界を築き上げていました。長い歴史を持つ豊かなウラスは資本主義的かつ男性優位社会であり、現代の地球文明のよう。一方のアナレスは、わずか2世紀たらず前に「オドー主義者」と称する政治亡命家たちによって殖民された、貧しいながら平等な社会。2つの星の間には交流はありません。

物語は、やがて全宇宙をつなぐ架け橋となる「一般時間理論」を完成するために、ひとりの科学者がアナレスを離れてウラスへ向かうところから始まります。この科学者・シュヴェックの理論こそ、後に全銀河にまたがる「エクーメン連合」を可能とする即時星間通信技術「アンシブル」を生み出すことになるのです。

しかし学問的な達成を別にして、ただひとり両世界を見たシュヴェックにとって、どちらの社会も理想とはほど遠いものでした。豊かなはずのウラスに存在するスラムと、革命を望む者たち。「無政府主義的・相互扶助社会」を実現して平等なはずのアナレスにはびこる教条主義と、その犠牲者たち。それぞれの世界の矛盾を理解しつつもアナレスに帰還するシュヴェック・・というところで物語は終わります。

かつて「最大多数の幸福のために1人の人間の犠牲を黙認する社会」を否定した著者にとって、「持つことはいけないけれど、分かち合うのはいい」社会ですら、ユートピアとはなりえませんでした。著者が理想とするものは、より多様で、より緩やかな連合体なのか。それとも不断の改革への試みなのか・・。1974年に刊行された作品ですが、このテーマは古びてはいないどころか、ますます先鋭化しているように思えます。

2013/5