りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ブエノスアイレス食堂(カルロス・バルマセーダ)

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「アルゼンチン・ノワール」と紹介されていたので、どんな本かと思ったら、いきなりカニバリズムでのけぞりました。しかし「ホラー」的な箇所はごくわずかであり、大半は1世紀に渡って存続した「ブエノスアイレス食堂」の受難の歴史です。それは、欧州各地から南米にたどり着いた移民の苦難と、アルゼンチン軍事政権下の悲劇の歴史でした。

20世紀初頭、イタリアから渡ってきた双子のカリオストロ兄弟が才知あふれる建築家に建てさせたレストランは、建物の美しさと料理の独創性で評判になります。双子の兄弟が相次いで早世した後、叔父のアレッサンドロ・シアンカリーニに相続されたレストランは、双子の教師役だったマッシモ・ロンブローソと共同経営に。両家の息子レンツォと娘マリアは結婚して食堂を盛り立て、順風満帆に見えたのですが、1930年代の独裁政権による弾圧を受けてマッシモは刑死、レンツォは拷問がもとで世を去ります。

マリアが息子のフェデリコの成長を待って再開させたレストランは、1955年のペロン追放とともに焼き討ちを受けて息子は焼死。ドイツ潜水艦の料理人だった亡命者ベッカーに店を切り盛りさせながら、次に期待をかけた孫のエドアルドには料理の才能がないどころか、不幸な事故からテロリスト扱いされたまま死亡。すでにマリアもユルゲンも亡くなっており、エドアルドの妻マリナが息子セサルを遺して世を去ってしまうのが冒頭の場面。

しかし、レストランとともに脈々と受け継がれた欧州料理人たちの血は、セサルのもとで結実します。創始者であった双子が書き残した『南海料理指南書』の原稿から独学で料理を学んだセサルは、天才的な技を発揮するのですが、やがて戦慄すべき正体を現していくのでした。

丁寧に描写される料理のレシピは読むだけでおいしそうですし、作中で言及される料理人の受難の歴史も興味深いものがありました。権力者に愛された料理人は権力者の没落とともに不幸に襲われ、権力者に嫌われた料理人は直ちに不幸に見舞われるというのですから、料理人は権力者に近づいてはいけないようです。本書の主題である「ノワ-ル部分」とは直接関係ありませんが・・。

2013/5