中国SF界に颯爽と現れた著者の第2短編集『母の記憶に』から7編を収録した作品です。従って全作品が既読だったのですが、新たな発見も多く予想外に楽しく読めました。
「烏蘇里羆(ウスリーヒグマ)」
1907年の満州。帝国陸軍の命で恐るべき巨大熊を捕らえるため機械馬を駆る男は、両親の仇でもある巨大なウスリーヒグマに遭遇。機械化した腕を持つ男と、変身能力を持つヒグマとの闘いの行方は、意外な展開になっていきます。第1短編集『紙の動物園』に収録された「良い狩りを」の系譜に連なる作品ですが、こちらでは抒情性より不気味さが増しています。
「長距離貨物輸送飛行船」
飛行船が主な輸送手段になっている世界。個人所有の飛行船で6時間ごとに運転を交替している夫婦の「すれ違い愛」が描かれますが、アメリカ人の飛行船所有者が拾い上げて妻としたアジア人少女の逞しさが際立っています。
「存在(プレゼンス)」
脳卒中に倒れて入院した母を、遠隔存在装置を使用して異国から介護する息子の悲しみが描かれます。しかし彼には、他に何ができたのでしょう
「シミュラクラ」
家族や恋人の「ある時点の姿」を切り取って再生させるテクノロジーは、現実逃避にしか用いられないものなのでしょうか。しかし父の醜い行為を見た瞬間を生涯振り払えない娘もまた、心の中で同じことをしているのです。
「草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん」
満州族に攻め入られて虐殺が起こった1645年の中国揚州で、心優しく賢い遊女は犠牲者を減らすために、出来る限りのことをするのです。それを新たな支配者に媚びを売る行為と見る者たちが多いことは悲しい限りですが、彼女の行為を歌に残した雑用係の少女もまた、虐殺の歴史を封印しようとする男たちよりも勇敢なのです。
「訴訟師と猿の王」
直前の作品から100年後。満州族に統治される揚州で庶民の味方をする訴訟師は、為政者と決定的な対立に陥らないように注意を払っていたのですが、やがて運が尽きてしまいます。訴訟師の心中に生きる孫悟空の存在が、彼に勇気を与えてくれるのですが・・。
大陸横断鉄道建設のために大挙してアメリカ西部にやってきた中国移民たち。彼らが語る物語の中で、軍神関羽は「中国人」から「アメリカ人」へと変わっていくのでしょうか。移民排除法によって初期の移民たちが消え去っても、勇敢な中国人指導者の姿はアメリカ人の中に生き続けたのでしょうか。
2019/11再読