りぼんの読書ノート

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紐育万国博覧会(E・L・ドクトロウ)

1930年代のニューヨーク・ブロンクス。地下鉄が通ったことでアイルランド人、イタリア人、ユダヤ人らの移民居住者が増え、一部の地域では酒の密売人やギャングも横行していたものの、まだまだ平和な生活が営まれていた時代。主人公であるユダヤ人の少年エドガーは、夢想家タイプの父親デイブ、現実的な母親ローズ、憧れの的だった8歳年上の兄ドナルドらの愛情に包まれて育っていきます。

 

感受性が強くて好奇心旺盛なエドガーは、周囲で起きていることを見逃しません。ローズヴェルト大統領の夜話、リンドバーグの大陸横断飛行、ベニー・グッドマンのジャズ、ベーブ・ルースのホームラン、「キング・コング」や「風と共に去りぬ」の興奮、飛行船ヒンデンブルクの飛来と墜落。しかしヨーロッパではヒトラーが台頭し、ユダヤ人迫害の噂が流れ始め、ついに戦争が勃発。アメリカの参戦も現実的になっていく中、エドガーの世界にも暗い影が差してきます。「明日の世界」をテーマとして開催された「ニューヨーク万博」に行きたくてたまらないのですが・・。

 

エドガーのモデルは1931年生まれの著者自身であり、本書は作家になった著者が少年時代を振り返るという形で書かれています。ニューヨーク万博のイベントからヒントを得て、個人的なタイムカプセルを公園に埋めたエドガーが、後年になって掘り起こしたものが、本書の中に詰まっているようです。それは単に時代の雰囲気を伝えるのみならず、当時の少年が抱いていた不安や興奮や羞恥心や充足感も蘇らせてくれるのです。

 

架空の3家族の視点から20世紀初頭のアメリカを描いた『ラグタイム』の著者は、自身の記憶と重なる1930年代については本書に続いて『ビリー・バスゲイト』も現しています。本書の純粋な少年エドガーも、裏面史ともいえるギャングの世界を見てしまったビリーも、ともに著者の分身なのでしょう。

 

2022/7