りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

若旦那のひざまくら(坂井希久子)

今年4月に京都を訪れた際に西陣エリアにも行ったばかりなので、楽しく読めました。西陣とは京都中心部の西北にあって、北は大徳寺、東は京都御所、南は二条城、西は北野天満宮に囲まれた3キロ四方の地域のこと。高級絹織物の西陣織で有名なところです。

 

本書の主人公は、西陣の由緒ある織屋の跡継ぎ息子の板倉充と婚約した長谷川芹。もっとも婚約は2人の間だけの約束であり、充の両親は大反対中。それというのも芹は充よりも11歳年上の38歳、関東で生まれ育った百貨店バイヤーなのですから。プライドが高く、排他的で、本音と建て前を使い分けるイケズ文化の壁に圧倒される芹ですが、問題はそれだけではありません。伝統の西陣織産業が今や瀕死状態であることに気付いてしまうのです。高級着物市場の縮小が職人の高齢化と低賃金を招き、生産高は減少の一途。過去の栄光に縋る問屋や織元は不動産業で生き残っているようなもの。

 

京都に移り住んで慣れない生活に戸惑う芹の結婚活動は、西陣の再生活動になっていきます。実は本書はお仕事小説なのでした。著者も指摘しているように、着物の衰退を招いたのは着物業界の売り方の問題と、職人の待遇が悪いことにあるのでしょう。だから織屋の板倉家が間に立って、作り手と買い手を直結させようとするのは巧手なのです。もちろんこの程度の試みでは倒れつつある巨象を支えることはできませんが、何か始めないと何も変わらないのですから。

 

東京人がイメージする京都人のような、伝統にあぐらをかいた父親、イケズな母親、甘ったれボンボンという家族構成、それに加えて恋のライバルになる若い上七軒芸者の登場というのはパターンですが、それを逆手に取った展開が楽しめる爽快な作品でした。

 

2022/7