母の記憶に（ケン・リュウ）

『紙の動物園』でアジア的ＳＦの新境地を開いた著者の、第２短編集です。１６編が収録されていますが、全部紹介できるでしょうか。先に言っておくと、「草を結びて環を銜えん」、「カサンドラ」、「訴訟師と猿の王」、「万味調和-軍神関羽のアメリカでの物語」が好きな作品です。

「烏蘇里羆」
１９０７年の満州。帝国陸軍の命で恐るべき巨大熊を捕らえるため機械馬を駆る男は、両親の仇でもある巨大なウスリーヒグマに遭遇。機械化した腕を持つ男と、変身能力を持つヒグマとの闘いの行方は、意外な展開になっていきます。

「草を結びて環を銜えん」
満州族に攻め入られて虐殺が起こった１６４５年の中国揚州で、心優しく賢い遊女は犠牲者を減らすために、出来る限りのことをするのです。彼女に救われたことを歌にとどめる雑用係の少女もまた、虐殺の歴史を封印しようとする男たちよりも勇敢なのです。

「重荷は常に汝とともに」
人類が遭遇する前に滅亡した惑星に遺された文字は、「民族のサーガ」なのでしょうか。ひとりの女学生が疑問を呈するのですが・・。

「母の記憶に」
不治の病を宣告された母が、ひとり娘を見守り続けるためにした選択とは、宇宙旅行に出て地球時間の７年ごとに束の間の再会を果たすことでした。残酷で愛に満ちた決断の物語です。

「存在」
脳卒中に倒れて入院した母を、遠隔存在装置を使用して異国から介護する息子の悲しみが描かれます。しかし彼には、他に何ができたのでしょう。

「シミュラクラ」
家族や恋人の「ある時点の姿」を切り取って再生させるテクノロジーができた世界でも、現実の触れ合いに勝るものはないのです。

「レギュラー」
高級娼婦の目をくりぬく殺人者の狙いは何なのでしょう。身体の一部を機械化した中年女性探偵が、殺人者に挑みます。犯人の狙いもまた、高級娼婦たちの間で流行していた先端技術だったのです。

「ループのなかで」
軍事ドローンを遠隔操作する兵士にも、トラウマは残るのです。自殺した父親の娘は、悲劇を減らすために、ロボットの倫理プログラマーになるのですが・・。

「状態変化」
生まれた時に「魂」が別の形状をとって現れる世界。アイスキューブを溶かしてはいけない女性と、自分の魂であるタバコを少しずつ吸ってしまう女性の出会いは、世界に何をもたらすのでしょう。『ライラの冒険』にインスパイアされた作品とのことです。

「パーフェクト・マッチ」
人間行動を観察して最適解を推奨する個人用ＡＩのティリーは、人間の行動や思考まで操っているのでしょうか。そしてその目的は何なのでしょう。

「カサンドラ」
未来の犯罪を予知して未然に防ごうとする能力者は、単純なスーパーヒーローにとっては悪役でしかないのでしょうか。気に入った作品です。

「残されし者」
アップロードされる道を選んで現実から消えていく者が増えた未来が、取り残されていく人類側から描かれます。

「上級読者のための比較認知科学絵本」
『紙の動物園』に収録された「選抜宇宙種族の本づくり習性」と同テイストの、知的なお遊びですね。

「訴訟師と猿の王」
満州族に統治される揚州で庶民の味方をする訴訟師は、為政者と決定的な対立に陥らないように注意を払っていたのですが・・。訴訟師の心中に生きる孫悟空の存在が、物語に深みを与えてくれます。

「万味調和-軍神関羽のアメリカでの物語」
中国移民が語る物語の中で、軍神関羽は「中国人」から「アメリカ人」へと変わっていくのでしょうか。それとも移民を指導する「ローガン」こと「老関」は、関羽自身なのでしょうか。

「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」」
飛行船が主な輸送手段になっている世界。個人所有の飛行船で、６時間ごとに運転を交替している夫婦の「すれ違い愛」が描かれます。

2017/11