りぼんの読書ノート

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炉辺の風おと(梨木香歩)

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2018年4月から2020年5月にかけての約2年間、毎日新聞の日曜版に連載されていたエッセイです。梨木さんは八ヶ岳の麓に山荘を購入されていたのですね。東京から気軽に出かけられる「里山と原生林の中間くらい」の場所は、自然派の著者にとって使い勝手が良さそうです。

 

このエッセイで語られるのは、家と人との関係、イギリス留学時代の下宿の思い出、非効率な暮らしへの方向転換、炉辺で火を熾すことへの思い、小屋を訪れる鳥や小動物のこと、身近に生えている植物のこと、そして孤独であるということ。そんな生活の中で著者は「自然界のすべてが変化のただ中にあったのだ」ということに気付きます。傍目には熾烈な争いを繰り広げているかにみえる在来種と外来種の植物たちも、水面下では時間をかけて共生への道を探っているのでしょう。

 

そして連載期間の終盤に猛威を振るい始めた新型コロナウィルスとの付き合い方も、それと同様のことが癒えるのかもしれません。最初の緊急事態宣言が出たばかりの昨年春の時点では、まだ新しいウィルスとの付き合い方は手探り状態なのですが、「すでにこの国の弱点は洗いざらい白日の下に晒された」と著者は述べています。いえいえ、まだまだそこからですよ。PCR検査や、GOTOキャンペーンや、オリンピックや、ワクチンや、医療体制を巡る政府の行動が、国民の意識と著しく乖離していくのは。

 

著者はこの連載期間中に父親を亡くしています。その過程は「かけがえのない人生の集約の時間」であり「人生で最も大切な神話の時間」であったとのこと。印象に残る言葉でした。肉親の死を「最も尊く貴重な贈りもの」と認識できるという境地に至るのは難しそうですが。

 

2021/10