りぼんの読書ノート

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恋するアダム(イアン・マキューアン)

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ピグマリオン』の昔から人造物に恋をしてしまう人間の物語は数多くあるけれど、ディプラーニングの出現によってAIとの恋愛は可能になるのかもしれません。もっとも不完全で矛盾した存在である人間のほうが、AIから愛想をつかされてしまう可能性の方が高そうです。

 

本書の舞台となっているのは、現実の歴史とは異なる世界線上にある1980年代の英国です。フォークランド戦争に敗れたサッチャー首相の人気はぐらつき、人工知能の父と呼ばれるアラン・チューリングは自殺せずにアンドロイド開発に重要な役割を果たしています。メインストーリーとはあまり関係はありませんが、ケネディは暗殺されておらず、再結成されたビートルズは新曲を発表。

 

そんな時代に発売された最新型アンドロイドは、人間と見分けがつかない外見や体温や鼓動を有し、口蓋と舌を使って言葉を話し、なんと性交能力まで持っているのです。もちろんインターネットと常時接続されている頭脳はほとんど無限の学習能力を持ち、電源スイッチすら無効にしてしまうような自己改造もやってのけてしまうのです。試験的に初回発売されたのは、男性型のアダム12体と女性型のイブ13体。

 

母親の遺産でアダムを購入した独身男のチャーリーは、いきなりアダムの能力に依存してしまいます。ディトレーダーワークで稼がせるのはともかく、アパートの上階に住む美しい女子学生ミランダと恋仲になれたのもアダムのおかげ。しかし自我に目覚めたアダムは、ミランダに恋してしまったというのです。AIの恋とはどのようなものなのでしょう。アダムに嫉妬したチャーリーには、アダムを破壊する権利を持っているのでしょうか。さらにミランダには、どうやら人に言えない秘密があるようなのです。

 

文学を通じて人間を学ぶアダムが語るシェークスピア論や、万能科学者となっているチューリングが語る科学論や、著者が設定したパラレルワールドのイギリス社会だけでも楽しめる作品です。もちろんそれらすべてが伏線となって、メインストリーとともに現代社会に対する辛辣な問題を提起しているのですが・・。

 

2021/11