りぼんの読書ノート

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リトル・ドラマー・ガール(ジョン・ル・カレ)

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「スマイリー3部作」を呼んだ時には、これを越えるスパイ小説はもう生まれないだろうと思ったものですが、本書は勝るとも劣らない水準の作品でした。

イスラエルの情報部にスカウトされた売れないイギリス人女優が、パレスチナのテロ組織に潜入して爆弾テロ犯人であるターゲットに近づくというストーリーは、こう書いてしまうと単純に見えますが、緻密に綴られる過程とデティルが素晴らしいのです。

イスラエル情報部のジョゼフがラディカル思想に被れた自堕落な女優チャーリーをスカウトし、イスラエルのために働くよう説得していく過程、チャーリーにスパイとしての訓練を施す過程、ターゲットの弟ミシェルの恋人という架空の役割をチャーリーに与えるためにミシェル本人を拉致して情報を聞き出し、ミシェルに扮するジョゼフとともにギリシャ縦断旅行を行わせ、最後には単独でプラスチック爆弾をウィーンへと旅行運び込ませる過程のどれもが、難解なパズルを解くような楽しみを与えてくれるのです。

スパイとしての訓練とは、パレスチナに共感しパレスチナ人のために働く西洋人テロリストになりきることであり、チャーリーが教え込まされる「イスラエルの残虐さ」が彼女の心の琴線に触れてしまう過程を読者は見続けます。

チャーリーは、ミシェルの愛人としてテロを手助けする女性の役割と、自分自身の役割を行き来します。ジョゼフは、パレスチナのテロリスト・ミシェルの役割と、チャーリーの教育係の役割を行き来します。。これは読者は混乱させられちゃうなぁ。

しかし、もっとも混乱して心が引き裂かれていまうのはチャーリー本人ですね。レバノンにあるゲリラのキャンプへ送り込まれてパレスチナの人たちと同じ苦しみを味わい、彼女を「亡き弟の嫁」として扱うようになったミシェルの姉に対しては本心から親しみを覚え、何が演技で何が本心なのか、わからなくなってしまうのも当然でしょう。

だからこそ、ミッションが終了した後に彼女が得たものを知って、読者は安堵するのです。「巨匠がスパイ小説に託して中東問題の本質に鋭く迫った衝撃の巨篇」という宣伝文句に誇張はありません。

2012/7再読