りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

海の都の物語(塩野七生)

イメージ 1

ローマ人の物語』の前には塩野さんの最高傑作と思っていた作品です。いえ現在でも、ユニークな視点でコンパクトにヴェネチアの千年紀を描いた本書が最高傑作といってもいいかもしれません。なんといってもヴェネチアと塩野さんは「リアリスト」という点で深く共鳴しあっているのですから。

本書は、ローマ帝国滅亡後の蛮族進入を逃れて海上に移り住んだヴェネチア人が、海上交易を国是とした商人国家となってアドリア海から地中海に乗り出し、強力な海軍を作り上げて「地中海の女王」の地位を死守したものの、領土型国家の時代に没落を余儀なくされた後、ついにナポレオン軍によって終焉を迎えた千年の歴史を概括した歴史書です。

徹底した「リアリスト」の国であったヴェネチア共和国は、経済合理性を追求して政治への宗教の関与を排除し続けます。十字軍とはつかず離れずの関係を保ちつつ、生命線であった東方交易を継続し、第4次十字軍では正教とはいえキリスト教国のコンスタンティノープルを攻めてしまうのですから、法王も怒りますよね。「聖地巡礼パック旅行」の企画で稼いだとのくだりには笑いがこみ上げてきました。

もうひとつの特徴は、徹底した「アンチ・ヒーローの国」であったことでしょう。君主制国家となるリスクを徹底して排除するシステムを一貫して維持し続けたことは、他のイタリア都市国家との比較においても際立ちます。ヴェネチアにはメディチ家やスフォルツォ家のような僭主は生まれようもなかったのです。

大航海時代が開いた大西洋航路に対してコスト削減と安定供給などで対抗したヴェネチアですが、東のトルコ、西のフランス、スペインという領土型国家の圧迫には苦しみます。通商に必要なものは平和であり、自らの手で平和を維持しえる軍事力を失った通商国家は、衰退していかざるをえないようです。優れた外交力をもってしても、衰退の速度を遅らせることしかできなかったんですね。

やがて海外交易の主導権すらイギリスやオランダに奪われるようになり、最後にはナポレオンの手で止めを刺されるのですが、ヴェネチアの歴史を綴った本書の凄さは、それがそのまま「国家論」になっていることでしょう。『大国の興亡』に先立つこと10年。今でも輝きを失わない作品です。

2012/7