りぼんの読書ノート

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十字軍物語2(塩野七生)

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シリーズ第2巻では、第2次十字軍とイスラム勢力によるイェルサレム奪還までの時代が描かれます。年代で言うと「第1次十字軍世代」の最後の一人となったイェルサレム王のボードワンが死去した1118年から、サラディンイェルサレムを奪還した1188年。

塩野さんがまず指摘するのは、「人材の輩出」の面での潮目の変化です。第1次十字軍の際にはキリスト教側に、ゴドフロア、ボエモンド、サン・ジル、ボードワン、タンクレディら優れた人材が登場しましたが、第1世代の退場とともに枯渇。その後はゼンギ、ヌルディン、サラディンと、イスラム教側に優れた人材が現れるんですね。単に「歴史の流れ」だけでは片付けられないように思えます。

十字軍国家の一翼をなしていたエデッサ伯領がイスラム教側に奪還されたことで危機感を募らせた西欧諸国では、修道士ベルナールの呼びかけでフランス王ルイ7世、ドイツ皇帝コンラッドらによる第2次十字軍が派遣されますが、途上のアナトリアで大苦戦。ようやくパレスチナにたどり着いた軍もダマスカス攻略に失敗し、あえなく撤退。

人材も戦力も失ったイェルサレムが、その後40年間も命脈を保ちえた理由を、塩野さんは①常備特殊部隊としての宗教騎士団の存在、②ヨーロッパ式城塞の防衛力、③海軍の優位と経済交流にあげています。本書の表紙はテンプル騎士団ですね。

なかでも、十字軍と名乗らなかった故に従来見過ごされてきた、イタリア諸都市の海軍力と経済力の存在が大きかったというあたり、さすが『海の都の物語』の著者。アマルフィ、ピサ、ジェノヴァヴェネツィアらの貿易国家の目的は、もちろん経済活動にあったのですが、商業を通じて互いに利害関係者となることが戦争の抑止効果を持つことは現在までの歴史が証明しています。

しかし、歴史が経済活動だけで動くものではないことも事実です。アレッポ領主からバグダッドの支配者となり、アッバス朝のスルタンとなったヌルディンの後継者となったサラディンは、カイロのファティマ朝を吸収してイスラム勢力の統一を実現。ジハドを宣言してハッティンの戦いで十字軍国家軍に大勝し、イェルサレムの無血奪還を成し遂げるに到るのですが、十字軍遠征に重点を置いた従来の史書と異なり、「間の時代」をきっちり描いた本書を読むと、当然の帰結だったことが納得できます。

次巻はいよいよ、イェルサレム再奪還を使命に掲げた「第3回十字軍」の時代になります。神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世、イギリス獅子心王リチャード1世、フランス王フィリップ・オーギュストら錚々たるメンバーが参加した「花の十字軍」は、なぜ目的を達成できなかったのか、塩野さんの冴えた記述に期待します。

ところで、十字軍国家に数多く築かれた城塞が「ビザンチンスタイル」との通説を覆して「西欧スタイル」ではないかと喝破したのは、ロレンスという若き研究者だったとのこと。後に歴史学から離れて「アラビアのロレンス」として有名になった人物です。^^

2012/1