りぼんの読書ノート

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十字軍物語3(塩野七生)

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シリーズ最終巻では、第3次十字軍から十字軍時代の終焉までが描かれます。

キリスト教徒でもイスラム教徒でもない客観的な立場から、戦闘の時代の合間に双方から試みられた共生の物語」では、獅子心王リチャードとサラディンが対する「花の第3次十字軍」の描き方も一味違います。

征途上でキプロスを制圧し、ジェノヴァ船隊と連携してアッコンからヤッファの沿岸部を取り戻したリチャードは、聖地イェルサレムの再奪取こそ断念したものの、キリスト教徒のイェルサレム巡礼権を含む「実を取った」講和を獲得します。その後長く効力を保つことになる講和ですが、これではローマ法王に気に入ってもらえません。

国王は当てにならないとフランス諸侯を動かした第4次十字軍は、ヴェネツィアに誘導された結果、同じキリスト教国家であるコンスタンティノープルを陥落させてしまいます。このあたりは『海の都の物語』に詳しいですね。

十字軍国家の諸侯たちを中心にしてアユーブ朝の本拠地であるエジプトを目指した第5次十字軍は海港ダミエッタを攻略。スルタンからは「イェルサレム返還!」を含む講和が提案されてきたものの「聖地は異教徒の血を流して解放されるべき」とする教皇特使の大反対にあってこれを拒絶。ところがカイロへと進撃する途中で、ナイル川を氾濫させる奇策にあって敗退するのだから情けない。もちろん「敗因」は教皇特使の強硬な態度にあるわけです。

次いで、神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世による第6次十字軍は、武力を背景にしながらも外交戦術でイェルサレム統治権を回復したものの、異教徒との交渉を背教とする法王によって認められなかったこともあり、10年間の休戦期間の後に再びイェルサレムは失われてしまいます。その間、せっかく回復した聖地イェルサレムに聖職者を送らなかったというのですから徹底しています。

そしてフランス国王ルイによる第7次十字軍は、エジプトのマムルーク軍によって大惨敗を喫し、マムルークが興隆するきっかけを作ってしまうんですね。アユ-ブ朝に取って代わったマムルークのバルバロスは、アッバース朝を滅ぼしたモンゴル軍に勝利して、モンゴルのアフリカ上陸を食い止めることになります。フランス国王ルイはふたたび第8次十字軍を率いて今度はチュニジアに上陸したものの、チュニスへ向かう途上で死去。ルイによる2度の十字軍は「やらないほうがマシ」であったもののローマ法王には褒め称えられて、ルイは列聖されるというのですから、中世の教会の理想主義が透けて見えますね。

もはや西欧からの援助を期待できなくなった十字軍国家がマムルーク朝によって滅亡させられるのは、第1次十字軍から約200年後の1291年のことでした。もともと十字軍とは、1077年の「カノッサの屈辱」直後に失墜した教皇権回復をもくろんで開始されたものでしたが、200年たって全てを失った後に起きたのが1306年の「アヴィニョン虜囚」だというのですから、完全に裏目に出たわけです。

本書では「キリスト教徒vsイスラム教徒」という「表の歴史」は覆されています。本書を貫く思想は「一神教原理主義者vs現実主義者」であり、前者が起こした戦争を収拾し共生を試みた後者の努力こそが「正史」であると主張しているように思えます。現に、十字軍時代の後に「勝者」として興隆したものは、交易を拡大させて経済大国への道を歩んだヴェネツィアや、ルネサンスを花開かせたイタリア都市国家や、中央集権の強化に成功したフランスという「現実主義者」たちだったのですから。

2012/3