りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2024-01-01から1年間の記事一覧

プリンシパル(長浦京)

『リボルバー・リリー』の著者による戦後日本のノワール・ストーリーも、主人公は女性でした。関東最大級の暴力組織である水嶽本家の一人娘である綾女は、終戦と父の死によって突然、後継者であった兄たちが戦地から帰還するまで「代行」役となることを余儀…

廉太郎ノオト(谷津矢車)

これまで江戸時代を主戦場としてユニークな人物像を造形してきた著者が、「明治日本に西洋音楽を響かせることを夢見た早逝の天才の軌跡」を描き出しました。本書の主人公は「荒城の月」や「花」や「箱根八里」などの歌曲や「お正月」や「鳩ぽっぽ」や「雪や…

書架の探偵、貸出中(ジーン・ウルフ)

『書架の探偵』の続編にあたるSFミステリです。主人公は前作と同様に、生前は推理作家であったE・A・スミス。オリジナルの人格と記憶を継承して複製された彼はクローンであって、単なる記憶媒体ではありません。呼吸も食事も排泄もセックスもする生きた…

マルドゥック・アノニマス 8(冲方丁)

第7巻の冒頭に置かれた葬儀の場面に至る過程が綴られる本巻では、シティを支配する「シザーズ」による精神支配から逃れて独立勢力となったハンターと、「シザーズ」の手先となって「クインテット」を離脱したマックスウェルとの壮絶な死闘が描かれます。 ハ…

ミセス・ハリス、ニューヨークへ行く(ポール・ギャリコ)

著者はロンドンの寡婦で通いの家政婦をしている「ミセス・ハリス」が気に入ったようで、彼女を主人公とするシリーズを4作書いています。本書は『ミセス・ハリス、パリへ行く』に続く第2作です。 パリから帰ってきて普通の生活に戻ったハリスおばさんには、…

ミセス・ハリス、パリへ行く(ポール・ギャリコ)

一昨年に見た「ミセス・ハリス、パリへ行く」というほのぼのとした映画には原作があったのですね。1958年に書かれて、邦訳は1979年に出版されています。今般新訳が出たので手に取ってみました。 ストーリーはシンプルです。1950年代のロンドン。…

私はスカーレット 下(林真理子)

アメリカ南部白人が築いた貴族的な文化社会は南北戦争という「風」とともに消え去ってしまいました。その一方で16歳のわがまま娘にすぎなかったスカーレットは、南北戦争を契機として力強い女性へと変身。タラの農園を守るために、資産家フランクを妹スエ…

私はスカーレット 上(林真理子)

マーガレット・ミッチェルが亡くなって60年が過ぎて原作の版権が切れた2009年以降、『風と共に去りぬ』の新訳や続編が出版されましたが、本書もその1冊。ただし林さんは終始一人称でスカーレットに語らせることによって、有名な原作を再構築し直して…

鬼煙管(今村翔吾)

江戸の町を舞台にする火消し組の活躍を描く「羽州ぼろ鳶組シリーズ」の第4巻ですが、本書の舞台は京都です。京都西町奉行に転任した長谷川平蔵からの依頼で京に呼ばれた松永源吾らが挑むことになるのは、奇怪な連続付け火事件でした。全く火の気のないとこ…

グラーフ・ツェッペリン(高野史緒)

著者の出身地である土浦を舞台にして、少年と少女の奇妙な出会いが世界を変えてしまう、青春SF物語。2021年、土浦二高に通う女子高生の夏紀の世界は、月や火星の開発は進んでいるもののインターネットは普及していません。しかも夏紀の周囲では電子通…

冬将軍が来た夏(甘耀明)カン・ヤオミン

1972年に生まれた台湾人作家である著者の作品は今までに、少年時代の記憶を幻想的に描いた短編集『神秘列車』や、戦中戦後の動乱期をマジックリアリズム的に描いた長編『鬼殺し』を読んでいます。しかし本書は現代の台中を舞台にして、ひとりの若い女性…

知られざる北斎(神山典士)

昨年秋に小布施の岩松寺と北斎館を訪問したこともあって、本書を手に取ってみました。前半はモネやゴッホらの印象派画家たちが北斎に魅せられた理由と、北斎を海外にプロデュースした画商・林忠正の足跡をたどる物語。林忠正は、原田マハさんの『たゆたえど…

子宝船 きたきた捕物帖2(宮部みゆき)

『本所深川ふしぎ草紙』や『ぼんくら』や『桜ほうさら』と地続きの世界である江戸深川を舞台として、文庫屋で岡っ引き修行中の北一と謎めいた凄腕の相棒である喜多次の「きたきた」コンビが活躍する大江戸ミステリの第2弾。喜多次の正体も、文庫の絵を描い…

きたきた捕物帖(宮部みゆき)

『本所深川ふしぎ草紙』や『ぼんくら』や『桜ほうさら』と地続きになっている大江戸ミステリです。岡っ引きの茂七は既に亡く、後を継いだ政五郎親分は引退していますがまだ健在。博覧強記のおでこも成長した姿を見せてくれます。笙之介が住んでいた富勘長屋…

犬義なき闘い(新堂冬樹)

2035年。新型殺人ウィルスに襲われた世界では人口が激減。ゴーストタウンと化した新宿の支配権を掌握したのは、徒党を組んだ犬たちでした。3大勢力となったのは、新宿警察署をアジトとする売る元警察犬ファミリー、歌舞伎町ドンキをアジトとする闘犬フ…

2024/1 Best 3

1.フリアとシナリオライター(マリオ・バルガス=リョサ) ラテンアメリカを代表するノーベル文学賞受賞作家が1977年に発表した本書は、半自伝的な青春小説であるとともに、スラップスティック濃度の濃いコメディタッチの作品です。まだ大学生の身であ…

古地図で大江戸おさんぽマップ(山本博文)

時代小説の中で圧倒的に多いのは江戸を舞台にする作品です。江戸の地図が頭に入っているとわかりやすいことも多いのですが、そんな目的にぴったりの一冊です。各章の図解に附属している浮世絵も楽しめます。ただ各章の見出しに「!」が多すぎる! 「序章」 …

皇妃エリザベートのしくじり人生やりなおし(江本マシメサ)

1898年に60歳で暗殺者の凶刃に倒れたオーストリア皇妃エリザベートは、「民衆に慕われた皇后」との伝説を遺しました。ウィーンのホーフブルク宮殿の一画が、彼女の生涯をたどる「シシィ博物館」となっているほど、今でも人気の高い人物です。しかし義…

やさしい共犯、無欲な泥棒(光原百合)

尾道に生まれ育ち少女の頃から「ミステリ」と「メルヘン」を愛した著者は、やがて英文学研究者となり、故郷の大学で教鞭をとりながら創作を続けました。ケルト伝説に想を得た『銀の犬』も、ホメロス世界を描き直した『イオニアの風』も、尾道で起こった小さ…

わるいうさぎ(中島さなえ)

ラボから脱走したうさぎが、野たぬきの犯罪団とともに押し入った牛舎で饒舌なねずみや自分本位な犬と出会う中で愛する者の存在に気付いて、まだラボに捉えられているメスうさぎを救いにいくという寓話です。はじめにうさぎによって語られる物語が、さまざま…

ルクレツィアの肖像(マギー・オファーレル)

イタリア・ルネサンス期のルクレツィアというと、マキャベリの「君主論」のモデルとなったチェーザレ・ボルジアの妹を想起する人が多いでしょう。ローマ教皇アレクサンデル6世となった父親や兄の政治的陰謀に巻き込まれたとされるファム・ファタールです。…

メゲるときも、すこやかなるときも(堀川アサコ)

「幻想シリーズ」をはじめとする不思議な物語を得意としてきた著者ですが、最近は不思議を封印した作品も多いようです。ジャンルもの作家から脱却しつつあるのでしょうか。 新型コロナ蔓延による緊急事態宣言が発令された日、乃亜は夫のユキオに失踪されてし…

女だてら(諸田玲子)

江戸時代後期に活躍した女性漢詩人の原采蘋は、秋月藩の高名な儒学者・原古処の娘であり、男装で旅をしていたとのこと。葉室麟の『秋月記』にも脇役として登場しています。著者は采蘋の旅日記が秋月から江戸を目指す途中で途絶えていたことと、この時期に秋…

ばけもの厭ふ中将(瀬川貴次)

シリーズ化されている『ばけもの好む中将』のスピンオフ作品です。本編の主人公である左近衛中将宣能は、ばけものとの出会いを待ち望みつつ都の怪事件を追い続けるものの、実際は人為的な策略か錯覚ばかり。しかし本書の主人公である「今源氏」と噂される色…

かげゑ歌麿(高橋克彦)

浮世絵研究の第一人者である牧野健太郎氏の『浮世絵の解剖図鑑』を読み、講演も聞いたところで、浮世絵関係の作品を読みたくなりました。牧野氏に歌麿は滅法いい男だったとのことですが、本書ではそれに加えて剣の遣い手でもあったとされています。そのあた…

フリアとシナリオライター(マリオ・バルガス=リョサ)

ラテンアメリカを代表するノーベル文学賞受賞作家が1977年に発表した本書は、半自伝的な青春小説であるとともに、スラップスティック濃度の濃いコメディタッチの作品です。 著者の分身である主人公マリオが18歳ですから、本書で描かれた時代は1950…

ツインスター・サイクロン・ランナウェイ3(小川一水)

人類が星々へと拡散した遠未来。女性同士の恋愛が許されない故郷の巨大ガス惑星を飛び出した2人の少女は銀河の文明圏を目指します。厳密には密航状態の2人が予想外のトラブルや生活の課題に次々と見舞われるのは当然として、安住の地を目指すテラとどこま…

ツインスター・サイクロン・ランナウェイ2(小川一水)

遠い未来。宇宙に進出した人類の中でもとりわけ辺境のガス惑星FBBで暮らす人々は周回者と呼ばれ、特殊な方法で生計を立てつつも古典的な風習を守り続けていました。巨大ロケットで巨大宇宙魚を捕獲する宇宙漁技術を編み出したものの、その船を操れるのは…

ニューヨーク市貯水場(E・L・ドクトロウ)

南北戦争後1871年のニューヨークは、活気と混乱に満ちた大都会でした。ヨーロッパ各地からの移民が急増する中で、『ギャング・オブ・ニューヨーク』にも登場する悪徳政治家ビル・トゥイードが贈収賄と暴力で市政を牛耳っていた時代だったのです。 そんな…

数学が見つける近道(マーカス・デュ・ソートイ)

『素数の音楽』や『シンメトリーの地図帳』で数学への興味を沸かせてくれ、『知の果てへの旅』で現代知識の最前線を、『レンブラントの身震い』でAIの到達点について解説してくれた著者の新刊のテーマは「近道術」でした。膨大な総当たり計算を瞬時にこな…