りぼんの読書ノート

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フリアとシナリオライター(マリオ・バルガス=リョサ)

ラテンアメリカを代表するノーベル文学賞受賞作家が1977年に発表した本書は、半自伝的な青春小説であるとともに、スラップスティック濃度の濃いコメディタッチの作品です。

 

著者の分身である主人公マリオが18歳ですから、本書で描かれた時代は1950年代半ば頃。まだテレビ放送など開始されておらず、ラジオが唯一の報道・娯楽媒体であった頃の物語。まだ大学生の身でありながら、ラジオ局の報道原稿を書いていたマリオは、作家になることを望んでいました。そんなマリオは、ラジオ局がボリビアからスカウトした天才シナリオライターのペドロ・カマーチョが生み出す、奇想天外なラジオドラマに魅了されてしまいます。もうひとつ彼を虜にしたのは、16歳も年上で出戻りの義理の叔母フリアだったのです。

 

本書の奇数章で描かれるのは、厳格な父親をはじめとする大親族集団の反対を押し切って進行するマリオとフリアの恋愛騒動。偶数章で綴られるのは、カマーチョ作の奇想天外なドラマシナリオ。ストーリーとしては現実の恋愛に架空のドラマが割り込んでくると理解すべきなのでしょうが、文学的にはその逆のように思えてきます。当時すでに大作家としての地位を確立していた著者は、自身が生み出した虚構世界の中に、若かりし頃の恋愛体験を織り込んだように思えてくるのです。

 

しかし、犯罪者から怖れられるリトゥーマ軍曹、潔癖な予審判事ペドロ・バレダ、淫らなロリータ少女サリータ、復讐の念に燃えるネズミ狩り業者フェデリコ、悪夢に苛まれる製薬会社の宣伝部員マロキン、彼を治した心理学者ルシア、原始教会主義者のセフェリーノ神父、天性のサッカー審判員ホアキンらが活躍するドラマシナリオの世界は、次第に歪んできます。登場人物やストーリーが錯綜し、ついには全員が揃って大地震で命を落とすという大破局は、いったい何を意味しているのでしょう。そしてついに法律の裏をかいくぐって結婚にこぎつけたマリオとフリアには、どんな未来が待ち受けているのでしょう。

 

著者が書きたかったのは、短いエピローグであったようにも思えます。あの時代から幾年も経ち、狂おしいほどに燃え上がった恋も、人々を熱狂させたラジオ劇場も終わってしまいました。過ぎ去った青年時代に対するほろ苦い思いのようにも、新しいスタートを切るために必要なステップなのか。このとき著者はまだ41歳なのですが。

 

2024/1