りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

未踏の蒼穹(ジェイムズ・ホーガン)

人類の起源を太陽系のスケールで探り出す『星を継ぐもの』は、奇想天外なストーリーでありながら、それを現実的な出来事に思わせてしまう論理展開が素晴らしい、ハードSFの傑作でした。著者晩年の作品である本書がもうひとつの『星を継ぐもの』と呼ばれながら、ワクワク感に欠けているのはなぜなのでしょう。

 

物語の主人公は人類ですが、彼らは金星人です。地球人類は数万年前に最終戦争で滅亡しており、地上にはその廃墟が残されるのみ。金星人が地球人の子孫であるとの説は以前からあるのですが、地球人が滅亡した頃は金星はまだ人類の生存に適さない環境であったことが証明されています。しかし地球の古代文明を探査するために金星からやってきた科学者たちは、驚くべき発見をするのです。地球人は滅亡に際してどのような行動をとったのでしょう。そして滅亡の真の原因はいったい何だったのでしょう。

 

金星人は概して、個人の自由と資質を尊重する合理的で穏やかな性格の持ち主です。独裁者や原理主義者が権力をめぐって戦争を繰り返してきた地球人の歴史は理解の外にあったのですが、近年になって地球人の思想に共感する者が現れ始めました。権力を志向する「進歩派」の台頭を抑えることは可能なのでしょうか。地球文明の探索と、金星人社会の危機の克服が表裏一体となって物語は進行していきます。それと主人公の男女の恋愛関係も。

 

面白くなる要素は多分に含まれているのですが、素直にワクワクできないのは、ベースとなっている理論が「疑似科学」であるせいではありません。本書の基本思想は『星を継ぐもの』と同一であり、優れたSFは必ずしも「真正科学」に基づく必要はないのです。本書を解説した大野万紀さんは「私たちがトランプ大統領の時代を経験したこと」について言及しています。著者の作品の根底に流れるユートピア思想を単純に受け入れられなくなってしまった読者サイドの変化が、一番の理由なのでしょうか

 

2023/1