りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

案内係(フェリスベルト・エルナンデス)

f:id:wakiabc:20191005070046j:plain


南米文学が脚光を浴びて久しくなりますが、1902年にウルグアイに生まれた本書の著者のことは全く知りませんでした。「チリは詩人を、アルゼンチンは短編作家を、メキシコは長編作家を生み、ウルグアイは奇人を生んだ」というジョークがあるそうですが、「奇人中の奇人」と称されている人物だそうです。
 

 

ピアノ演奏で生計を立てるほどの音楽家としての腕前を有しながら作家へと転身し、4度の結婚生活を破綻させ、ようやく作品が評価されてきた矢先に白血病に侵され、高まりゆく名声を知ることなく62歳で亡くなった著者は、「誰にも似ていない作家」と評されています。 

 

本書の冒頭に配された「わが短篇に関する偽の解説」によると、彼の短編には「何らかの法則があるものの、作者自身も短篇自体もその内実を知らない」そうです。作品を前に作者の無力が語られることには脱力感すら覚えますが、実際に読んでみると頷ける点も多いのです。「偽の解説」なんですけどね。 

 

モノとヒトが逆転していくかの印象を与える「誰もランプをつけていなかった」。暗闇で目が光る能力を身に着けた語り手が隠微な愉しみに浸る「案内係」。暗闇で少女に触れられる不思議な体験にやみつきになる「フリア以外」。嘘泣きで売上を伸ばした営業マンが涙を制御できなくなる「ワニ」。幻想的な中世への旅を綴った「ルクレツィア」豪邸で孤独に水と会話する夫人に翻弄される「水に沈む家」 

 

まるで自動書記によって生み出されたような「フアン・メンデス」。盲目の天才ピアニストに対する尊敬と軽蔑の念が思いがけない地点に着地する「クレメンテ・コリングのころ」。しかもこれが自伝的な作品というのには驚かされます。やはり奇想に満ちた独自ジャンルを開いた作家と言えるでしょう。でもこれは売れないだろうなぁ。水声社の「フィクションのエル・ドラード」シリーズは、よく続けられていますね。なくなってしまったら寂しいのですが。 

 

2019/10