りぼんの読書ノート

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ルクレツィアの肖像(マギー・オファーレル)

イタリア・ルネサンス期のルクレツィアというと、マキャベリの「君主論」のモデルとなったチェーザレ・ボルジアの妹を想起する人が多いでしょう。ローマ教皇アレクサンデル6世となった父親や兄の政治的陰謀に巻き込まれたとされるファム・ファタールです。しかし本書のルクレツィアは、半世紀以上後に初代トスカーナ大公のコジモ・デ・メディチの3女として生まれた女性です。

 

表紙はブロンズィーノ工房による肖像画ですが、彼女について伝わっていることは多くありません、フェラーラ公アルフォンソ2世と結婚したものの16歳で急死し、夫に毒殺されたとの噂があったという程度です。著者は携帯の検索画面に偶然現れた彼女の肖像画が、不安げで心細そうな表情が何かを語りたがっているように思え、自らの小説で語らせてみようと思ったとのことです。

 

物語はルクレツィアが亡くなった1561年に、人里離れた砦のような別荘で、夫からの毒殺を恐れながら食事をともにする不穏な場面から始まります。一転して語られる彼女の過去に散りばめられるのは、旺盛な創造力と豊かな感性と天性の絵画の才能を持つ聡明な少女時代のエピソード。とりわけ父が買った檻の中の虎に共感を抱く場面は象徴的といえるでしょう。しかしそんなルクレツィアも、急死した姉に代わって幼くして政略結婚させられてしまいます。そして彼女の夫となったのは、後継ぎの誕生だけを望む狂暴なモラハラ男だったのです。

 

もちろん『ハムネット』で、通説では悪女とされているシェイクスピアの妻を魅力的に描いた著者は、ルクレツィアを単なる犠牲者としては描きません。最終盤に肖像画が起こした奇跡を、そのまま歴史的事実として受け入れたくなってしまいます。

 

2024/1