りぼんの読書ノート

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十二の肖像画による十二の物語(辻邦生)

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作家生活の前半で素晴らしい長編をいくつも送り出した著者ですが、後年はもっぱら短編を中心に執筆されていた印象があります。近世ヨーロッパの自画像の名品に刺激されて生まれた短編集が復刊されたのを期に手に取ってみました。写真よりも本人の姿を正しく映し出す肖像画は、描かれた人物の内面をどのようにさらけ出しているのでしょう。

 

1.「鬱ぎ」ロヒール・ファン・デル・ウェイデン「ある男の肖像」

都会好きな妻とも離れて、突然故郷の屋敷へ引き籠ってしまった領主は、得体のしれない小動物を拾います。やがて醜く巨大に育ち、彼の死と共に姿を消した動物は、彼の塞ぎを象徴したものだったのでしょうか。

 

2.「妬み」ジョルジョーネ「老婆の肖像」

女が幻視する炎の中で踊るトカゲは、嫉妬した相手を不幸に陥れていくかのようです。やがて年老いた女は、火を焚くことを恐れるようになるのですが・・。

 

3.「怖れ」テイツィアーノ「自画像」

栄華を極めた大画家は、死神が訪れるたびに何とか言いくるめて追い払っていました。しかし彼は生きる喜びを感じていたのでしょうか。

 

4.「疑い」デューラー「ヤーコプ・ムッフェルの肖像」

神聖ローマ皇帝との権限を取り決める議論に疲れた市長は、妻の美しい胸に突然現れた痣を見て驚きます。その痣はまるで皇帝の紋章のように見えたのです。市長は何らかの二者択一を迫られたようです。

 

5.「傲り」ホルバイン「エラスムスの肖像」

ルターと論争中のホルバインが購入した古書には、本当に悪魔が憑いていたのかもしれません。しかし知能の低い下働きの娘は、あっさりと本を始末してしまいます。この世を天国と思える慎ましい者には、悪魔も手を出せなかったのでしょう。

 

6.「偽り」レンブラント「黄金の兜の男」

勇敢な傭兵隊長が、親友でもある先任隊長の救出を躊躇ったのには、隠された理由があったのでしょうか。彼は亡くなった親友の美しい妻に求婚するのですが・・。

 

7.「謀み」ポライウォーロ「婦人の肖像」

有力貴族の息子が美しい宮女に求婚したのは、単なるゲームだったようです。その男の不幸な妻となった元宮女は、彼女にずっと憧れていた男とともに、ある計略を立てるのです。

 

8.「驕り」ブロンツィーノ「ラウラ・バッテフェルリの肖像」

宮廷でもてはやされた女流詩人は、詩才の枯渇を恐れて伊達男たちを浮名を流し始めます。やがて詩人としての評判など真実の愛とは比較にならないとを悟るのですが、それは少々遅すぎたようです。

 

9.「吝い」ベルリーニ「レオナルド・ロレナードの肖像」

陥落したコンスタンティノポリスの戦いで精も根も尽き果て、ヴェネツィアへと退避してきた天使に対してもケチな対応しかしない総督が奇跡を望みます。もちろんそれなりの奇跡しか起こりません。

 

10.「狂い」レオナルド・ダ・ヴィンチ「美しきフェロニエール」

市の長官である父親によって古城に幽閉された娘は、彼女に愛を捧げた青年を利用して自由になろう企むのですが・・。

 

11.「婪り」ピエロ・デラ・フランチェスカ「フェデリゴ・モンテフェルトの肖像」

イタリア版の「鴨の恩返し」。暗殺から逃れ、孤立した砦で兵糧攻めにあった時も音をあげなかった公爵には、どのような秘密があったのでしょう。

 

12.「誇り」バルトロメオ・ヴェネト「婦人像」

幽閉された兄を救出するために男装した美女は、結局のところ女の武器を使わざるを得ませんでした。しかし彼女の誇りは失われたままでは終わらなかったのです。妖しい美しさをたたえた婦人像のモデルは、ルクレツィア・ボルジアだとの説があるようです。では救出された兄はチェーザレだったのでしょう。

 

2022/3