りぼんの読書ノート

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人間のしるし(クロード・モルガン)

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須賀敦子さんの遠い朝の本たちで紹介されていた作品です。若い日の須賀さんに影響を与えたという本書は、著者自身がドイツ軍の捕虜となっていた時から書きはじめられたという「知識人のレジスタンスの物語」であるのみならず、新しい男女関係のあり方に踏み込んだ作品なんですね。

収容所に囚われながら妻クレールへの思いを募らせるジャン。しかし彼が収容所で再会した旧友ジャックが語るクレール像は、ジャンが守ってやらなければいけないと思っていた「優しい女性」とは異なる「同志としての女性」でした。ジャックはジャンを「クレールを自分の所有物として愛しているにすぎない」と批判します。やがてジャックは脱走を試みて死亡。

釈放されて家族のもとに戻ったジャンは、妻の日記を読んで2度愕然とすることになります。1度目は結婚後のジャンに対する「夫は女としての魅力を評価してくれるものの、私に独自の生活を与えようとはしない」との不満。2度目は利己主義を捨ててレジスタンス活動に打ち込むようになったジャンに対して「夫は変わってしまった」との嘆き。子どもを得たクレールは保守的になっていたのですね。しかし彼女はふたたび変わっていきます。

須賀さんは「クレールの変貌を理解できる」と言います。ジャックのように一個の人間として女性を評価してくれる男性は想像上の人物であり、だからこそ彼は死ななければならなかったのだと。妻との関係を悩み続けるジャンこそが生身の存在であり、夫に安定を求めるのは自然な感情なのだと。だからこそ2人ともにレジスタンスに身を投じるようになる覚悟の凄まじさが理解できるんですね。

本書が対独戦に勝利したソ連を賛美していることは、時代の気分なのでしょう。同じ時代の同じテーマを扱ったサルトル『自由への道』が、共産主義への疑問を投げかけたところで未完に終わっていることとの対比が興味深く思えます。

2013/11