りぼんの読書ノート

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夜行(森見登美彦)

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夜は短し歩けよ乙女以来、2度目の直木賞候補作ですが、惜しくも受賞はなりませんでした。ただ、きつねのはなしと似た静謐なホラーである本書が代表作かというと、少々違うようにも思えます。著者独特のコミカルな語り口こそ、他の誰にもまねのできないものだと思うのです、

本書は、10年前の鞍馬の火祭の夜に失踪した女性のクラスメイトであった5人の男女が、京都で再会する物語。実は5人とも「無事に戻ってこられなかったかもしれない旅」を体験していたのです。しかもそこには、岸田道生という謎めいた銅版画家の「夜行」と題された連作が絡んでいた模様。

失踪した妻を追って尾道に向かった男性は、妻の悪夢を体験したらしい妻そっくりの女性と出会いました。男女4名で奥飛騨に出かけた男性は、地元の占い師から2名に死相が出ていると告げられました。夫と青森に旅行した女性は、記憶に残る親友は自分が作り上げ自分で葬った存在であったことを思い出しました。天竜峡を走る列車で岸田と知り合いであった僧侶と出会った男性は、同乗していた女子高生に異質なものを感じていました。

そして本書の語り手である「私」が語る、ちょっとだけ不思議な物語こそ、もっとも不気味なものだったのです。10年前に失踪した者とは誰だったのでしょう。それは誰でも良かったのではないでしょうか。それとも全員が、それぞれの世界から失踪してしまっているのでしょうか。「夜行」と対極にある「曙光」が描かれた世界とは何なのかも気になります。「どこにでも通じている夜」とは、それぞれの心の中にあるのでしょうから。

読者は宙吊りのまま放り出されてしまうのですが、これは著者の多くの作品に共通する点ですね。毎年10月22日に開かれる「鞍馬の火祭」にも行ってみたくなりましたが、大混雑なのでしょう。昨年は、著者の多くの作品の舞台となっている「祇園祭宵山」に出かけて、人に酔いましたので。

2017/4