りぼんの読書ノート

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十二の風景画への十二の旅(辻邦生)

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復刊された『十二の肖像画による十二の物語』を読んだのを機に、姉妹編である本書を読んでみました。風景画の中に「架空の旅をしたい」と語っている著者は、どのような物語を紡ぎ出してくれたのでしょう。

 

1.「金の壺」クロード・ロラン「シバの女王の船出」

恋しい女に心を奪われて絵画の中に閉じ込められてしまった男は、幸福が成就した瞬間に黒い砂に還ってしまいました。生きるということは、永遠に求め続けることだそうです。

 

2.「地の掟」ポール・セザンヌ「サント・ヴィクトワール山とシャトー・ノワール

セザンヌが描き続けた南仏の山は、巨人が横たわった姿に例えられるそうです。人間を愛した巨人族の娘は、人間になる条件として何を誓ったのでしょう。そしてその物語を語った老人は、何者だったのでしょう。

 

3.「風の琴」ニコラ・プッサン「蛇に噛まれて死んだ男のいる風景」

生まれたばかりの娘を攫われた男は、竪琴を片手に捜索の旅を続けていました。やがて得た不思議な能力を用いて、彼は不運な生涯を終わらせてしまいます。奇跡的な再会がありえたことも知らずに・・。

 

4.「氷の鏡」ピーター・ブリューゲル「雪の狩人」

死者の世界には四季の移ろいなど存在しないのかもしれません。凍てつく冬の辛さもまた、生きている証なのでしょう。

 

5.「愛の棘」ジョルジョーネ「嵐」

一夜限りの契りを交わした運命の女性を探し求めた男は、人生を投げ捨ててしまったようです。心の火は時に消さなければ、本当の不幸を呼び出すことがあるようです。

 

6.「貝の火トーマス・ゲインズボロ「風景」

自分を捨て去った妻への愛ゆえに長い歳月の間、無明の闇のなかを彷徨い歩いた男は、家に帰った後も貝の皿に油を入れて火を灯し続けました。妻が戻ってきた時にすぐ家がわかるようにと。

 

7.「幻の果」アルブレヒト・アルトドルファー「アレキサンダーの戦い」

アレキサンダーの学友にして将軍であったスキュタリオスが失踪したのは、遠征の過程で大王が変貌してしまったことが原因のようです。地の果てを目指して終わりの見えない闘いを繰り返すことなど、人間には耐えられることではないのでしょう。

 

8.「地の装」カスパー・ダヴィド・フリードリヒ「ドレスデンの大猟場」

貧しい村の貧しい農夫が、旅の男をもてなして祈ることの意味を語り合います。旅の男とは、今もたったひとりで十字架にかかっておられる「あの方」だったのでしょうか。

 

9.「霧の棺カミーユ・コロー「モルトフォンテーヌの思い出」

城館の領主が父であり、母が愛した男であると知った娘は、2人の関係が再び燃え上がったことに不安を覚えます。そしてその不安は、最も不幸な形で実現してしまうのでした。タイトルの絵に描かれたのは、幸福そうな母子なのですが。

 

10.「海の貌」アレッサンドロ・マニャスコ「嵐の海の風景」

島の港から嵐の海に乗り出したのは、対岸の村で瀕死の病床についた息子を案じる母親と、僭主を暗殺した容疑をかけられた男でした。しかし母親と息子と容疑者の3人には、深い関係があったのです。

 

11.「緑の枝」ニコラ・プッサン「冬またはノアの洪水」

ノアの箱舟海上で救い上げた夫婦とは何者だったのでしょう。カトリックからは偽典とされている「エノク書」の由来が語られます。

 

12.「馬の翼」フェルメール「デルフトの眺め」

魔術師の娘に愛された男が愛したのは、鏡の中の世界に住む娘でした。しかも彼女は、第1の物語に登場した金の壺を持っていたのです。境界を超えるにはペガサスの力が必要とされたのですが・・。

 

2022/3