りぼんの読書ノート

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冬将軍が来た夏(甘耀明)カン・ヤオミン

1972年に生まれた台湾人作家である著者の作品は今までに、少年時代の記憶を幻想的に描いた短編集『神秘列車』や、戦中戦後の動乱期をマジックリアリズム的に描いた長編『鬼殺し』を読んでいます。しかし本書は現代の台中を舞台にして、ひとりの若い女性が貧しく身寄りのない老女たちとひと夏を過ごす物語。

 

レイプ事件で傷つき、打算的な和解を勧める母親とも衝突した莉樺(リーファ)は、突然現れた終活中の祖母とともに家を出ます。2人が向かった先は、祖母が「死道友」と呼ぶ5人の同世代の老女たちが共同生活を営んでいる場所でした。いずれも魔女のような老女たちは、カラオケの女帝で老犬を娘のように愛しているコルセットおばさん、痔の苦痛を癒すために金の粒を飲んでは回収する黄金おばさん、ホテルの客室担当で食料調達に優れたカツラおばさん、ほとんどゴミ集めのような資源回収が趣味の回収おばさん、老人の死期を匂いで悟るエクボおばさん。どうやら祖母は彼女たちの実質的リーダーのようです。

 

祖母が長年会っていなかった妹や、莉樺からは曾祖母にあたる祖母の母なども登場してきますが、物語を貫いているのは、死と向き合っていながら激しく哀しく、そして生々しい老女たちの生きざまです。祖母も老犬も末期癌を患っているのですが、彼女たちにとっての死とは悲劇的な終末ではなく、熟れて腐って落ちた種実から次の世代が生まれるようなものなのかもしれません。裁判でレイプ犯と対決する道を選んだ莉樺は、数世代の女たちの後押しを受けているのでしょう。

 

タイトルは、「モスクワに迫ったドイツ軍が大雪の中に立ち続けた老人の姿に圧倒された」とのエピソードからつけられています。モスクワの老人は最終的に孫を救うことができたのか。末期癌に加えて大怪我をした莉樺の祖母はどうなってしまったのか。莉樺はレイプ裁判に勝つことができたのか。著者は物語の結末を描かず、「あの夏を経て私の人生が変わった」とだけ莉樺につぶやかせています。おそらく物語はまだ続いているのでしょう。

 

2024/2