りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

飛族(村田喜代子)

f:id:wakiabc:20190825144950j:plain


92歳の鰺坂イオと88歳の金谷ソメ子。老女が2人だけで暮らす、朝鮮との国境近くの島。母親のイオを大分にある自分の家に迎えようと、65歳のウミ子が定期船に乗ってやってきます。彼女が見た、孤島での老女たちの暮らしとは、どのようなものだったのでしょう。
 

 

かつて漁業で栄えた島嶼も人口が減り続け、わずかな老人だけが住む島や無人島が多くなっています。住民がいる限り電気・ガス・定期便というインフラ費用がかかるのですが、他国からの密航者や密漁船を防ぐためにもを無人島化は好ましくないのです。水の国境線は不確かであり、役場の努力は涙ぐましいほど。 

 

そんな役場の心配をよそに、元海女の2人の老女は達者です。今でも魚を釣り、アワビを採り、小さな畑を耕し、死者を弔うために海鳥を描いた幟を揚げ、古くから伝えられた不思議な経文を唱える生活。崖の上で羽ばたく格好をする鳥踊りは、死にゆく準備なのでしょうか。それともいつか本当に飛ぶつもりなのでしょうか。島には、死者が海鳥になるとの言い伝えもあるのです。岩礁地帯で嵐に襲われた漁師たちは、唯一の逃げ場として空へと向かうというのです。 

 

本書は一貫して「境界」について語り続けます。陸と海、海と空、天と地、街と孤島、自国と異国、人間界と自然界、そしてこの世とあの世。久しぶりに潜ったウミ子は船幽霊に引きずりこまれそうになる思いをし、視界も消えるほどの台風の中では家屋の存続すら危ぶまれます。その時が来たら、老女たちは楽々と境界を超えてしまうのでしょうか。現代の語り部が紡ぐ物語もまた、楽々と境界を超えているようです。 

 

2019/9