登場人物たちを「不意打ち」するのは、一瞬の悪意なのか、偶然の罠なのか。読者も「不意打ち」されてしまう衝撃的な展開を楽しめる、熟練の短編集です。
「渡鹿野」
タイトルの地名は、かつて有名だった志摩の「売春島」だそうです。風俗小説のように始まる作品が行き着いた先は、なんと心霊現象だったようです。風俗専門の女性ライターには何が起こったのでしょう。
「仮面」
阪神淡路震災で偽ボランティアとして稼いだ男女が向かったのは、東北の被災地でした。彼らは被災した子供たちをダシに使った偽募金を着服して、心が痛まないのでしょうか。結末はあまりにも衝撃的です。
「いかなる因果にて」
子供のころに保健所で処分された飼い犬の仇を討つとして、元厚生省事務次官宅を襲撃した男の事件は実話です。過去の恨みを抱き続けて生きるとは、どのような人生なのでしょう。著者は、中学校時代の同級生を激しく殴打した元教師を訪ねていくのですが・・。
「Delusion」
宇宙から帰還した女性宇宙飛行士が獲得してしまったのは、予知幻覚なのでしょうか。それとも死期を悟った母親の思いなのでしょうか。
「月も隈なきは」
何の不満もなく暮らしている定年後のサラリーマンが、ふいに脳裏に浮かんだ小さな欲望に憑かれてしまいます。それは「月も隈なきは嫌にてそうろう」と走り書きして自殺した男の心境との相似形なのでしょうか。意外にも明るいエンディングを迎えることができたのは、妻と娘の叡智のおかげかもしれません。
2019/9