りぼんの読書ノート

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ミセス・ハリス、パリへ行く(ポール・ギャリコ)

一昨年に見た「ミセス・ハリス、パリへ行く」というほのぼのとした映画には原作があったのですね。1958年に書かれて、邦訳は1979年に出版されています。今般新訳が出たので手に取ってみました。

 

ストーリーはシンプルです。1950年代のロンドン。60歳になろうとしている寡婦で通いの家政婦としてつましく暮らしているハリスおばさんが、裕福な顧客の衣装戸棚でふるえるほどに美しいクリスチャン・ディオールのドレスに出会います。まるで魔術にかけられたように魅せられてしまったハリスおばさんは、彼女の年収に匹敵する450ポンドものドレスを買うことを決意。必死でお金を貯めて、パリへドレスを買いに行くという物語。

 

お金を貯める経緯もさることながら、本書の真骨頂はハリスおばさんのパリ体験です。当時オートクチュールのドレスは、お店でポンと買うなんてことはできません。メゾンで開かれるプライベートなファッションショーに招待された者が、気に入ったドレスを一着ずつ仕立ててもらうものでした。そんなルールも知らないハリスおばさんは、やっと訪れたディオールの店で途方に暮れてしまうのですが・・。

 

しかし彼女の率直な人柄と一途な思いとが奇跡を起こします。しかも彼女と関わった人々にまで幸福を招いてしまうのですから、もはや恩寵レベル。昇進の機会を逃し続けて鬱屈している夫のことを気にかけているディオール支配人のマダム・コルベール。虚構の世界に幻滅しているトップモデルのナターシャ嬢。彼女に叶わぬ恋心を抱いてしまったフォーベル君。孤独な余生をおくっているシャサニュ侯爵。ディオールのお針子さんたちも皆、ハリスおばさんの味方になってしまうのです。

 

映画は原作にほぼ忠実に作られていますが、ラストシーンだけが大きく変えられていました。せっかく手に入れたドレスは、人生をみくびっている駆け出し女優に親切にしたせいでダメになってしまうのですが、その後が違うのです。一晩泣いた後で、見知らぬ人たちと心を通わせた素晴らしい体験のほうがドレスより貴重だと気付く原作のほうが好みです。まだファッションが大衆化される前、何を着るのかが自己表現の手段だった時代のおとぎ話でした。

 

2024/2