りぼんの読書ノート

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女だてら(諸田玲子)

江戸時代後期に活躍した女性漢詩人の原采蘋は、秋月藩の高名な儒学者・原古処の娘であり、男装で旅をしていたとのこと。葉室麟の『秋月記』にも脇役として登場しています。著者は采蘋の旅日記が秋月から江戸を目指す途中で途絶えていたことと、この時期に秋月藩でお家騒動が起きていたことを結び付けて、上質の歴史ミステリを練り上げました。

 

福岡黒田藩の支藩である秋月藩の歴史は、黒田本家からの支援や干渉と深く結びついています。第9代藩主黒田長韶の嫡子が急死した後に、土佐山内氏から養嗣子を貰い受けて後継とするまでにはどのような経緯があったのでしょう。本書では、黒田本家から次の藩主を迎えようとする家老たちの陰謀に対する密命を受けた采蘋が、密書を携えて江戸へ向かったとされています。

 

秋月藩の家老一派からの露骨な妨害に加えて、当時京都所司代であった野心家の水野忠邦からの干渉をかいくぐり、病床にあった弟の瑾次郎の名を騙って江戸へと向かう采蘋の旅はスリリングです。しかし彼女にはどのような勝算があったのでしょう。そして密書とは誰に宛てて何を依頼するものだったのでしょう。土佐山内家は先代藩主夫人と縁続きとはいえ、黒田本家の企みを躱すには幕府高官を動かさなくてはなりません。その一方でお家騒動が幕府に覚られればお取り潰しにもなりかねないことを思うと、まさにミッション・インポッシブル。

 

漢詩人としての采蘋の人脈や、男装をするとの史実を巧みに織り込んで、解決策を導き出した著者の力量は見事です。しかも実在の人物とのロマンスまで織り込んでしまうのですから、超絶技巧としか言いようがありません。

 

2024/1