シリーズ化されている『ばけもの好む中将』のスピンオフ作品です。本編の主人公である左近衛中将宣能は、ばけものとの出会いを待ち望みつつ都の怪事件を追い続けるものの、実際は人為的な策略か錯覚ばかり。しかし本書の主人公である「今源氏」と噂される色好みの貴公子・雅平は、出会いたくもない怪事と遭遇してしまうのです。『源氏物語』のパロディながら、よくできた作品です。
「雨夜の怪異がたり、もしくは末摘花」
雨の夜、宣能の語る怪異譚を嫌って内裏から抜け出した雅平は、何度も文を送っては無視されている上総宮の姫君を口説きに訪れます。強引に御簾の内に忍び込んだ雅平が見たのは、娘の行く末を案じて見守っている上総宮の亡霊でした。どうやら姫君は鼻長の父に似ていない美女のようでしたが、これでは何もできませんね。
「廃屋での逢瀬、とくれば夕顔」
方違いのために荒れ果てた隣家で一夜を明かそうとしていた恋人のもとに訪れた雅平は、夕顔のエピソードを思い出して、恋人を昼顔と呼ぶことにしました。しかし嫉妬に狂った生霊に襲われた夕顔と異なり、昼顔には主思いの女房である少将がついていたのです。頻繁に昼顔を訪ねるように雅平をせかしたのは、昼顔の生霊なのでしょうか。
「怪異なんてないさ、もしくは朧月夜」
花見の宴の後、光源氏と朧月夜の出会いをなぞって弘徽殿に立ち寄った雅平は、4本の牙を生やした美女と遭遇してしまいます。どうやらこれは、帝が寵愛する更衣に嫉妬した帝の正妃が企んだことのようなのですが・・。
「光源氏降臨、そして幻へ」
最近出没しているという雅平の偽物は、まさか光源氏の亡霊なのでしょうか。絵画を得意とする母親が描きためていた源氏物語の挿絵を絵巻として完成させて、源氏供養を行おうとする雅平の前に現れたのは、意外な人物の亡霊でした。『源氏物語』の中でただひとり光源氏を憎み通した悪役というと、光源氏の母である桐壷更衣を憎んだ弘徽殿の女御しかいませんね。しかし彼女がいたからこそ『源氏物語』のストーリーに起伏が生まれ、登場人物たちが光り輝いたともいえるのです。著者の着眼点は確かですね。
2024/1