りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

日本文学全集4 源氏物語 上 各帖(池澤夏樹編/角田光代訳)

f:id:wakiabc:20210622113759j:plain

前の記事で本書に関する概説を書いたので、ここでは各帖ごとの概要をメモしておきます。

 

1帖「桐壺」光をまとって生まれた皇子

まだ小説とは言い切れない王朝物語のトーンで光君の誕生が語られます。帝に深く愛された桐壷更衣は気品に満ちた光君を生んだものの、後宮での怨嗟を浴びて心労のあまり3歳の光君を遺して死去。帝は有力な後見者のいない光君を東宮とはできず、源の姓を与えて臣籍に降下させます。12歳で元服した光君は、帝が新たに迎えた桐壷更衣によく似た藤壺宮に恋心を抱きますが、左大臣の娘である葵の上を妻に迎えさせられます。

 

2帖「帚木」雨の夜、男たちは女を語る

3帖「空蝉」拒む女、拒まぬ女

4帖「夕顔」人の思いが人を殺める

2帖から4帖までは傍系の物語になります。おそらくですが、3編セットの構成で書かれた続編なのでしょう。「雨夜の品定め」で有名ですが、男たちの勝手な女性評に対する紫式部のコメントも楽しめます。光君はさっそく恋愛の実践をはじめますが、方違えに訪れた家で若い後妻の寝所に忍び込むなんて犯罪ですね。度重なる誘いを拒み続けた女性が空蝉であり、彼女と間違われたまま関係を持ってしまう先妻の娘が軒端荻です。しかし次の恋愛は試練でした。頭中将のもとから姿を消していた女性・夕顔と激しい恋に落ちますが、彼女は光君が二股をかけていた女性の生霊に襲われて儚くなってしまうのです。夕顔が頭中将との間にもうけた幼女(後の玉鬘)は乳母に連れられて身を隠し、受領の妻である空蝉も軒端荻も任地へと下っていきました。17歳の光君は秘めた恋の辛さを知るのです。

 

5帖「若紫」運命の出会い、運命の密会

若紫登場。物語は本筋に戻ります。冒頭で従者に明石入道と娘の噂話をさせていることから、ここからじっくりと腰を据えた長編執筆に入ったのでしょう。藤壺の同母兄の娘ながら、母を失い父からも顧みられずに祖母の尼に育てられていた少女に惹かれた光君は、彼女を自邸に引き取ります。これも今なら犯罪ですね。その直前に光君は藤壺と密通し、一夜の契りで不義の子を身籠らせてしまうのでした。今ならもちろん大炎上です。

 

6帖「末摘花」さがしあてたのは、見るも珍奇な紅い花

再び傍系の物語です。零落した悲劇の姫君との噂を聞いて、頭中将と競い合って逢瀬にこぎつけた相手は、醜くて世間知らずの女性でした。しかし光君は彼女の貧しさと素直さを見捨てられず、生涯お世話するのです。

 

7帖「紅葉賀」うりふたつの皇子誕生

藤壺が生んだ男子を不義の子とは知らず、帝はこの皇子を東宮に立てるために譲位を決意。さらに現東宮の母である弘徽殿女御をさしおいて、藤壺中宮立后するのでした。還暦近い源典侍を、冗談半分で頭中将と競い合うエピソードは、傍系の物語の書き残しだったのでしょうか。

 

8帖「花宴」宴の後、朧月夜に誘われて

光君が宴の後に素性も知らずに契った女性は、義父の左大臣のライバルである右大臣の六女・朧月夜でした。このことが、後に大問題を引き起こすのです。私の中では、朧月夜は不道徳セレブのイメージです。

 

9帖「葵」いのちが生まれ、いのちが消える

前半のハイライトです。葵の一行から車争いで屈辱的な扱いを受けた六条御息所は、恨みと嫉妬から生霊となって、お産の床に臥せる葵に憑りつくのでした。難産の末に男児(後の夕霧)を生んだ葵は数日後に急死。かつて夕顔を死に追いやったのも彼女だったのでしょう。家柄も能力も美貌も優れた女性の弱点は執着心だったようです。一方の光君は素晴らしい女性だった葵とついに親密な関係を築けなかったことを悔やみますが、四十九日後に紫の君と新枕を交わし、正妻とすることを決意するのでした。まだ21歳ですしね。

 

10帖「賢木」院死去、藤壺出家

自らに絶望した六条御息所は、斎宮となった娘とともに伊勢へと下っていきます。野々宮神社での別れの場面ですね。ほどなくして帝は崩御。光君の異母兄である朱雀帝が即位し、藤壺中宮は彼女を求め続ける光君を拒んで出家。悲嘆にくれる光君は朱雀帝の尚侍となっていた朧月夜と逢瀬を重ね続けていますが、右大臣に現場を押さえられてしまいました。

 

11帖「花散里」五月雨の晴れ間に、花散る里を訪ねて

最も短い巻です。故帝の妃のひとりを訪ねた光君は、彼女の妹と結ばれます。地味な容貌と性格にもかかわらず、優れた人格と才能を有する花散里は、生涯に渡って光君に信頼され続けることになります。

 

12帖「須磨」光君の失墜、須磨への退去

13帖「明石」明石の女君、身分違いの恋

朧月夜との不倫が発覚して右大臣一派から追いつめられた光源氏は、自ら須磨への退去を決意します。官職を辞し、領地や財産を紫の上に託し、藤壺左大臣などに暇乞いをして都落ちしたわけですから、二度と戻ってこれない可能性も覚悟していたのでしょう。明石入道の屋敷に迎えられた光君は、入道の一人娘と契ります。そのことを正直に紫の上に知らせて叱られるのですが、正直に打ち明けていたことが将来的の良い関係を築くことに結びついたようです。都では太政大臣(元右大臣)が亡くなり、弘徽殿大后も病んだことで、気弱になった朱雀帝は光君の召還を決意。既に身籠っていた明石の君を必ず都へ迎えると約束して、光君は都へと戻っていきます。

 

14帖「澪標」光君の秘めた子、新帝へ

都に戻った光君は罪を許されて昇進。朱雀帝は東宮元服を機に位を退き、光君と藤壺の息子である冷泉帝が誕生。その頃都に戻っていた六条御息所は病に倒れ、前斎宮であった娘には決して手を出さないよう、見舞いに来た光君に言い残して亡くなります。約束を守った光君は、前斎宮を養女に迎えて冷泉帝へ入内させることにするのでした。

 

15帖「蓬生」志操堅固に待つ姫君

16帖「関屋」空蝉と、逢坂での再会

三たび傍系の物語。困窮を極めていた末摘花と、夫を亡くして出家していた空蝉に再会した光君は、2人を自邸に迎え入れます。関りを持った女性をないがしろにしない光君の性格が褒め称えられるようですが、かつての悪事の後始末をして「実はいい人」と思わせる作戦にしか思えません。

 

17帖「絵合」それぞれの対決

光君が後見する前斎宮チームと、権中納言(元頭中条)の娘である弘徽殿女御チームの絵合わせ対抗戦が冷泉帝の前で行われます。光君による須磨の絵日記で前斎宮が勝利しますが、競ったのは絵だけだったのでしょうか。後に前斎宮は秋好中宮として立后することになるのです。

 

18帖「松風」明石の女君、いよいよ京へ

明石の御方と花散里を住まわせる予定の二条東院が完成。嵯峨野まで出てきていた明石の御方に再会した光君は、姫君を紫の上の養女として将来の妃候補として育てようと決意。子ども好きの紫の上も承諾するのですが、娘と引き離される明石の御方の心が思いやられます。

 

19帖「薄雲」藤壺の死と明かされる秘密

明石の御方は姫君を源氏に委ねることを決断。その翌年に頭中将と葵の上の父である太政大臣(元左大臣)が亡くなり、さらには病に臥していた藤壺崩御。悲嘆する光君。しかし法要の後に、藤壺の近くに仕えていた僧が、出生の秘密を冷泉帝にを告げてしまうのです。衝撃を受けた帝は、実父である光君に譲位の意向を告げますが、それはあってはいけないことでしょう。

 

20帖「朝顔」またしても真剣な恋

しばらく光君の浮気癖は止まっていたようですが、従妹にあたる前斎院の朝顔にアタック。もともと正妻の候補であった姫君でしたが、光君と深い仲になれば六条御息所のような運命をたどるのではないかと恐れて、誘いを拒み続けます。光君の不敗神話もここで終わったようです。この時32歳。

 

21帖「少女」引き裂かれる幼い恋

葵の上が命と引き換えに生んだ息子・夕霧が元服を迎えますが、光君は息子を優遇せずに大学寮に入学させます。夕霧は幼馴染である雲居雁を慕っていますが、父親の内大臣(元頭中将)はそれを許しません。その背景には、冷泉帝の妃争いで内大臣の娘の弘徽殿女御が光君の押す秋好中宮に敗れたことにあったのでしょう。ともあれ35歳になった光君は、息子の恋愛問題に悩む年ごろになったわけです。「寅さん」がシリーズ後半で恋愛の現役からコーチ役に変わったことを思い出しました。完成した六条院の春の町に紫の上、夏の町に花散里、秋の町に秋好中宮、冬の町に明石の御方を迎え、太政大臣ともなった光君の栄華もほぼ頂点に達しています。

 

2021/7