りぼんの読書ノート

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日本文学全集5 源氏物語 中 概説(池澤夏樹編/角田光代訳)

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源氏物語』を3部に分けるなら、【第1部】の青壮年期が1帖「桐壷」から33帖「藤裏葉」。【第2部】の晩年期が34帖「若菜上」から41帖「雲隠」まで。光源氏亡き後の【第3部】が42帖「匂宮」から54帖「夢浮橋」までとなります。この中巻には22帖から41帖までが収められていますが、はじめの10帖は傍系の「玉鬘十帖」であり、続く2帖は第1部の締めにすぎない雰囲気ですので、実質的には【第2部】をじっくり読むことになります。

 

夕顔の遺児・玉鬘を巡る物語は【第2部】に入る前のウォームアップのような位置づけですが、かなり近代小説に近づいている印象です。玉鬘の後見人となった光君が次第に彼女に心惹かれていく様子や、執拗な光君の誘惑を拒み通す玉鬘の心象がこれまで以上に丹念に描かれているのです。そして、予定調和や説話的な悲劇の範疇に収まらない、思いがけない運命が玉鬘を待っていました。相変わらず最上級の形容詞で褒め称えられながらも、ついに若い女性から嫌われるようになってしまった光君に老いが忍び寄ってきています。まだ30代後半なんですけれどね。

 

そして光君の栄華に陰りが射し始める34帖「若菜」で【第2部】が始まります。編者の池澤夏樹氏が「源氏物語は「若菜」に尽きると言ってもいい。すべてはこの2帖のための準備だった」とまで言い切るほどの物語性が、ここにはあるのです。無邪気な猫が幕が上がる悲劇。無知で愚かであるがゆえに運命に翻弄され、周囲の者たちをも悲劇に巻き込んでいくネガティブヒロインの女三の宮。彼女に恋して悲劇を招き寄せてしまうアンチヒーローの青年・柏木。過去の大罪が逆の形で自身に撥ね返ってくるという苦悩に耐えるヒロインの光君。絶望して出家を願うヒロインの紫の上。登場人物の名前と時代背景を変えれば、シェークスピア悲劇といっても通用するほどでしょう。

 

源氏物語』の主人公はもちろん光君です。しかし私には彼はトリックスターにすぎず、真の主人公は紫の上ではないのかと思われるのです。10歳の頃に光君に見初められて幼妻となってから、光君の浮気や隠し子に耐えることはもちろん、初恋の人・藤壺と比較され続け、実子を得ることないまま光君を支え続けた紫の上が、最後の最後に出家を願うに至るまでの心情の動きは、あまり触れられていないもののドラマティック。彼女の完璧さに頼り切っていた光君は、彼女の死後にはじめて彼女が隠してきた苦悩と孤独を痛感し、彼女を偲ぶだけの存在になり果ててしまったほど。ドラマとは葛藤なのです。短編の主役なら六条御息所ですね。

 

2021/7