りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2018-09-01から1ヶ月間の記事一覧

2018/9 かがみの孤城(辻村深月)

8月に引き続いて、9月もSFやファンタジー的な作品が多めでした。暑いときにはSFに限るのです。とはいえ本格ハードSFは『シルトの梯子』だけで、辻村深月さん、川上弘美さん、堀川アサコさん、ル=グィンさんらの作品は、ファンタジー的な要素が強め…

戦時の音楽(レベッカ・マカーイ)

本書に収録された17編の短編は、必ずしも戦時の物語というわけでも、音楽をテーマとしている作品というわけでもありません。著者は、悲惨な運命や権力に抗うための力を「戦時の音楽」と名付けているようです。戦争の不寛容さを淡々と綴る冒頭の掌編「歌う…

カレーソーセージをめぐるレーナの物語(ウーヴェ・ティム)

ドイツと言えばソーセージですが、地名を冠したテューリンガー、ニュルンベルガー、フランクフルターや、製法や材料に由来するヴァイスヴルスト、レバーブルスト、ブルートブルストなどと比べると、北部で人気のカレーソーセージというのは、ちょっと格が落…

呉漢(宮城谷昌光)

6【呉漢(宮城谷昌光)】 王莽の簒奪によって前漢が紀元8年に滅亡した後、光武帝・劉秀が後漢皇帝として即位したのが紀元25年のこと。しかし当初は各地に自称皇帝が乱立しており、中国統一が実現したのは紀元36年です。実に30年もの間戦国時代が続い…

かがみの孤城(辻村深月)

2018年度の本屋大賞受賞作です。心を打ち砕かれて不登校となっている7人の中学生が、望みを叶えるために心を通わせていく、ファンタジー仕立ての物語。 集団的なイジメにあって学校に通えなくなってしまった、中学1年生の少女こころ。不登校になった原…

すべての見えない光(アンソニー・ドーア)

1944年8月。ノルマンジー海岸で最後までドイツ軍に占領されていたサン・マロに、連合軍の攻撃が開始されます。激しい爆撃と放火の中で出会ったのは、パリから移ってきていた16歳の盲目の少女マリー・ロールと、18歳のドイツ軍技術兵ヴェルナー。物…

レ・コスミコミケ(イタロ・カルヴィーノ)

タイトルの「コスミコミケ」とは「宇宙をテーマとする笑い話」程度の意味なのでしょう。Qfwfqと名乗る存在を語り手とする12編の短編はどれも、宇宙や科学の理論から連想されたホラ話なのです。ホラ話といえば『ビッグフィッシュ(ダニエル・ウォレス)』が…

シルトの梯子(グレッグ・イーガン)

2017年の出版ですが、原著は2002年の作品です。それ以前の『ディアスポラ』や『ひとりっ子』の延長線上にあり、『白熱光』や『直交3部作』との橋渡し的な位置づけにある作品と言えるでしょう。 2万年後の遠未来。人類は既に宇宙に拡散しており、自…

光の軌跡(エリザベス・ロズナー)

それぞれに忌まわしい記憶を背負った3人の男女の再生物語と言ってしまうと、いまどき目新しいテーマでもないのですが、詩人でもある著者によって、詩情あふれた美しい作品に仕上がっています。 腕に数字の入れ墨を持つユダヤ人の父親はアメリカに移住して、…

世界の誕生日(ル=グィン)

「エクーメン」なる緩やかな文明共同体の構成員が、ひとたびは宇宙全域に植民したものの滅び去ったハイニッシュ人の残滓を再発見していく、宇宙文化人類史的な「ハイニッシュ・ユニヴァース」シリーズ6作を含む短編集です。2002年の『言の葉の樹』以来…

燃焼のための習作(堀江敏幸)

運河沿いの雑居ビルで探偵事務所を構える中年男性の枕木。その事務所に雇われながら枕木の世話も見ている郷子さん。事務所を訪れた熊埜御堂という珍しい名を持つ中小工場の経営者。時ならぬ雷雨に降り込められた3人が、とりとめのない会話を交わすだけの作…

天子蒙塵 第3巻(浅田次郎)

「蒼穹の昴シリーズ」の第5部にあたる「天子蒙塵」の第3巻です。ともに天子たる資格を有しながら、中華の地から逃亡した2人の貴人の運命は、ここに来て大きく分かれていきます。 清朝滅亡後日本租界に匿われていた溥儀は、日本軍が独立させた満州国の皇帝…

レディ・ヴィクトリア 1(篠田真由美)

現在では超高級住宅街となっているロンドンのチェルシーですが、ヴィクトリア時代には下町であり、貴族が住む地域ではなかったようです。そんなチェルシーに住むレディ・ヴィクトリア(ヴィタ)は、先代シーモア子爵が晩年に再婚したアメリカ生まれの、まだ…

アメリカにおける秋山真之(島田謹二)

名著『ロシヤにおける広瀬武夫』の著者は、日本海海戦の参謀であった秋山真之の研究を先に始めたとのことです。しかしながら、広瀬武夫の研究の際に巡り合った宝の山のような資料を得ることができなかったため、本書のほうが後になったとのこと。奇しくも本…

怒りの葡萄(ジョン・スタインベック)

1939年に出版された本書は、大恐慌と自然災害によって流浪の民となったオクラホマ農民の苦難を描いて大ベストセラーとなる一方で、当時のアメリカ社会を告発する内容であったため、保守層からの非難も招いた作品です。しかし本書が不朽の名作であること…

水中少女(堀川アサコ)

『竜宮電車』の続編にあたる本書では、前巻のラストに登場した神様が大活躍。流行らない神社に祀られており、霊験も薄く、自分の食い扶持を稼ぐために人間に交じってバイトをしている、あの神様です。 人間には入れない神社本殿に侵入し、見えないはずの神を…

竜宮電車(堀川アサコ)

ちょっと不思議な内容の3編の小説が、不思議な繋がりを有している連作短編集です。 「竜宮電車」 27歳のシステムエンジニアがよく見る夢は、上手くいかない現実をなんとかしてくれるという竜宮電車に乗ろうとしても、切符がなくて乗せてもらえないという…

機龍警察(月村了衛)

機甲兵装というパワードスーツが警察にも配備されるようになっている、近未来の日本。しかし軍用兵装とは性能の差が大きいため、警視庁は特捜部を創設して、龍騎兵と呼ばれる新型機を導入し、その搭乗員として3人の傭兵と契約。そんな折に、3機の密造機甲…

がらしあ(篠綾子)

明智光秀の娘として生まれて細川忠興の妻となり、関ヶ原の戦いの際に石田三成の命による人質を拒んで死を選んだ、細川がらしあ玉子の生涯を丁寧に綴った作品です。「がらしあ」とは不思議に感じる洗礼名ですが、ラテン語で「Gratia」、英語では「Grace」とい…

さらさら流る(柚木麻子)

昨今問題になっている「リベンジポルノ」について正面から取り上げた作品です。28歳になった菫は、かつて恋人であった光成に撮影を許したヌード写真が、ネットにアップされていることを偶然発見して動揺します。どこか不安定な危うさを秘めていた光成は、…

ぼくは怖くない(ニコロ・アンマニーティ)

1978年の夏。民家がたった5軒しかない南イタリアの貧しい集落に暮らす少年ミケーレが、恐ろしい事件に巻き込まれます。子供たちの間の罰ゲームで行かされた、廃屋の裏にある穴の中に閉じ込められた少年を発見してしまうのです。 深い闇の中で自分はもう…

風神雷神 雷の章(柳広司)

「琳派の祖」と呼ばれる俵屋宗達が、鬼才を開花させていった過程を描いた作品です。上巻にあたる『風の章』では、琳派誕生の瞬間ともいえる「嵯峨本」製作までの物語が綴られました。後半の「雷の章」では、朝廷・幕府間の調整役であった名門公卿の烏丸光広…

風神雷神 風の章(柳広司)

「風神雷神図屏風」で絵画階に革命を起こし、「琳派の祖」と呼ばれる俵屋宗達の一代記です。前半にあたる「風の章」は琳派誕生の瞬間ともいえる「嵯峨本」製作までの物語であり、辻邦夫氏の『嵯峨野明月記』で描かれた世界と重なっています。 本書は「醍醐の…

森へ行きましょう(川上弘美)

ひのえうまの1966年の同じ日に生まれた留津とルツは、パラレルワールドに生きた同一人物のようです。よく似た境遇に生まれて同じ人物たちと出会いながらも、進学、就職、恋愛、結婚、出産という選択肢の中で、2人の人生は大きく隔たって行くのです。 中…

アメリカ大陸のナチ文学(ロベルト・ボラーニョ)

元ナチの高官が潜伏するなど、ナチと南米との間に深い関係があることは史実ですが、本書は「架空の親ナチ作家列伝」です。特徴的なのは、彼らは欧州からの訪問者ではなく、南米や北米に生まれ育ってナチ思想に親近感を抱いた者たちであるということ。ナチに…

レス・ザン・ゼロ(ブレット・イーストン・エリス)

1985年に出版された本書は、ロサンゼルスを舞台にして、裕福な家庭で何不自由なく暮らす若者たちがドラッグやセックスに溺れて暮らすという、なんとも救いようのない作品です。登場人物たちとほぼ同世代の青年が書き上げた作品ということで話題になり、…