りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

シルトの梯子(グレッグ・イーガン)

イメージ 1

2017年の出版ですが、原著は2002年の作品です。それ以前のディアスポラひとりっ子の延長線上にあり、白熱光直交3部作との橋渡し的な位置づけにある作品と言えるでしょう。

2万年後の遠未来。人類は既に宇宙に拡散しており、自らをデータ化して実体を持たない選択も、人格のコピーも可能になっています。理論的には6兆分の1秒で崩壊するはずの新時空を生み出す実験が失敗し、無限に膨張を続ける新時空が、既存宇宙を次々と浸食していくという事態が発生。人類は、わずか600年で2000以上もの居住可能星系を失っていました。

新時空と一定距離を保つ観測ステーションに集まった研究者たちは、新時空を消滅させるべきと主張する「防御派」と、新時空の研究を優先させるべきとする「譲渡派」に分かれています。譲渡派に属するチカヤは、ついに新時空の内部に新たな生命体の痕跡を発見するのですが、そのときすでに防御派は、新時空を浸食するプランクワームを完成させていたのです。現在は反対の立場にいるものの、かつての初恋相手だった幼馴染のマリアマとともに、新時空の内部へと深く入り込んで行ったチカヤは、意外なものを「発見」するのですが・・。

新時空を生み出した架空の物理理論の説明は難解ですが、読み飛ばせます。押さえておくポイントは、既存宇宙を説明したとされる理論が新時空内では無効であり、新たな統一理論が生まれるべきとされている点でしょう。さらに重要なのは、このような時代におけるアイデンティティの在り方や、フロンティア精神の発現の仕方であり、これらは十分に文学的なテーマなのです。

タイトルの「シルトの梯子」とは、ベクトル曲線に沿った平行四辺形作図法のことであり、変化し続けても独自性を保ちながら、同じ方向に向かう移動図形のことです。物語のテーマに沿った、見事なタイトルだと思います。最後のマリアマの決断には、ディアスポラのヤチマと通じるものを感じました。

2018/9