りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2011-06-01から1ヶ月間の記事一覧

2011/6 ムーア人の最後のため息(サルマン・ラシュディ)

どうも震災後、じっくりと読書に取り組む時間が減ってしまったように思えます。こんな時には「軽い小説」が多くなるのですが、『ムーア人の最後のため息』は、今月は数少なかった、というより唯一の本格的な文学作品。 ボスニア内戦を背景とした『カーラのゲ…

修道士カドフェル10 憎しみの巡礼(エリス・ピーターズ)

リンカーンの戦いでスティーブン王を破って幽閉した女帝モードの戴冠が迫る情勢で、スティーブン王に忠誠を誓ったシュルーズベリの町は浮き足立っているようです。 そんな中、修道院では「聖ウィニフレッド」の祭りが行なわれようとしています。シリーズ第1…

安土城の幽霊-「信長の棺」異聞録(加藤廣)

『信長の棺』で颯爽とデビューした老年の新人、加藤さんによる中篇歴史小説集。「信長・秀吉3部作」の「幕間」的な関係にある、3つの掌編からなっています。 「藤吉郎放浪記」 風采も上がらず他言もできない出自を持ち、新妻にも逃げられた若き藤吉郎が、…

抱擁、あるいはライスには塩を(江國香織)

時代と語り手を次々と変えながら紡がれる、三世代に渡る「風変わりな家族の物語」は、江國さんの新境地でしょうか。まずは、東京・神谷町にある大正期に建築された洋館に暮らす柳島家の10人の家族を紹介しておきましょう。 第一世代の竹治郎は、呉服屋の番…

一刀斎夢録(浅田次郎)

「一刀斎」とは「斉藤一」を逆から読んだ呼び名です。『壬生義士伝』と『輪違屋糸里』に続いて、「浅田版新撰組3部作」の最後となる作品は、新撰組三番隊隊長として悪名高い斉藤一に、幕末という時代を語らせた物語。 維新から西南戦争を経て、日清・日露戦…

ストレンジ・トイズ(パトリシア・ギアリー)

魔術的世界に足を踏み入れてしまった姉を追う女性の物語が、3部構成で描かれます。 第1部では、主人公のペットは9歳の少女。姉とともにある悪意に満ちた超自然的な力が家族を狙っていると直感したペットは、両親と次姉とともに南カリフォルニアからフロリ…

神の守り人(上橋菜穂子)

一時は中断したシリーズですが、読んでよかった。ここまでのところでは、シリーズ最高の水準です。この後にも期待しちゃいますね。 このファンタジー・シリーズの主人公は、30代の女用心棒バルサ。陰謀に陥れられた父を幼い頃に失い、父との友情に殉じた養…

スロー・ラーナー(トマス・ピンチョン)

「重厚長大」な作風で知られる著者の唯一の短編集ですが、作品そのものより著者自らによる「イントロダクション」が最高です。この当時は未熟だったとか、文学的な誤りを犯したとか、意味がわからずに言葉を使ったとか、別の作家の作品からプロットを盗んだ…

マリアビートル(伊坂幸太郎)

悪党達が入り乱れて争う『グラスホッパー』の続編ですが、東北新幹線の走行中に完結する物語との意味では『ラッシュライフ』とも共通点がありますね。 主要な登場人物は3組。狡猾に他者を支配する中学生・王子と、息子の命を人質にされて彼に囚われた木村。…

スポーツマン一刀斎(五味康祐)

『柳生武芸帳』が素晴らしかったので、コメディタッチの本書も読んでみました。この本は、独立して発表された『一刀斎は背番号6』という短編を第一部として、長い続編を書き足したものです。 第一部の完成度は高いですね。奈良の山奥で暮らしていた剣豪・伊…

ザ・マミー(アン・ライス)

「ハムナプトラ」の原作ですが、映画は本書と似ても似つかぬものとなってしまいました。この本は「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」と同系統のゴシック・ホラーなのですが、映画のほうは完全なハリウッド・アクションですもんね。 20世紀初頭、大英帝…

ヴィンター家の兄弟(レン・デイトン)

著者は、アイロニーに満ちた冷戦時代のスパイ3部作『ベルリン・ゲーム』、『メキシコ・セット』、『ベルリン・マッチ』を書き上げる中で本書を執筆したそうです。3部作の主人公バーナード・サムソンの父親や、上司のレンセレイヤーも若い姿で登場しますが…

二人だけの約束(ジョディ・ピコー)

ニューハンプシャー州郊外の裕福な住宅地で隣同士の家に生まれ、赤ん坊のころから仲良しでずっと一緒に育ち、互いに友人同士の両親たちも結婚を望んでいた、理想的な高校生カップル。 そんなクリスとエミリーに信じられない事件が起こります。2人だけのデー…

花神(司馬遼太郎)

「花神」とは「花咲爺さん」のこと。幕末動乱時代の最後に突然登場して戊辰戦争を官軍の勝利に導いた、日本近代兵制の創始者、大村益次郎の生涯を描いた大河小説のタイトルが、どうして「花神」なのでしょう。 それは、どうしても花を咲かせられない木という…

カーラのゲーム(ゴードン・スティーヴンズ)

期待せずに手に取った小説ですが、抜群におもしろい。こんな本に出会うと得した気になるのと同時に、ネタバレを書きたくなってしまいます。 1994年のボスニア。セルビア人勢力範囲に包囲されて孤立したムスリムの町を絶え間ない砲撃が襲います。和平交渉…

パニックの手(ジョナサン・キャロル)

もともとは一冊の短編集が、『黒いカクテル』と本書とに分割されて出版されたものです。それぞれの短編が書かれた時期については未確認ですが、本書に収められた作品のほうが、日常が突然暗転するキャロルの長編の感覚に近い味わいを感じられるようです。 「…

柳生武芸帳(五味康祐)

上下巻を合わせて1380ページもある大作で、格調高い文語調。しかも未完。しかし、めちゃくちゃおもしろい。 戦乱も治まり太平の世に向かおうとしていた三代将軍家光の時代。大目付の柳生但馬守宗矩が葬り去ろうとしていたのは3巻からなる「柳生武芸帳」…

黒い犬(イアン・マキューアン)

幼い頃に両親を亡くしたジェレミーは30代の半ばに結婚するのですが、妻の両親のバーナードとジューンの人生に強い興味を覚えて2人の回想を聞き始めます。大戦後すぐに出会って結婚し、かつては深い愛情と共産主義の理想をともにしていた夫婦の関係が、ど…

この世界を逃れて(グレアム・スウィフト)

著名な戦場カメラマンから航空写真家へと転身したハリー。精神を病んでアメリカに移住し、セラピストの治療を受ける娘ソフィー。交互に語られるモノローグが、家族の葛藤を明かしていきます。 ハリーの父親ロバートは、家業の軍需産業を拡大して巨富を築いた…

ラストラン(角野栄子)

『魔女の宅急便』の著者が、自分自身をモデルに書いたファンタジーです。 74歳のイコさんが「残された人生でやっておきたいこと」は、なんとバイク・ツーリング。真っ赤なバイクを買って、5歳の時に死別した母の生家がある岡山まで往復1200キロの旅に…

ムーア人の最後のため息(サルマン・ラシュディ)

高貴な血族の末裔であり、呪縛を受けた身体に生れ、数奇な運命に弄ばれた男性、ムーアことモラエスが語る、魔術的な魅力に満ちたインドの一族の物語。父方の先祖はアルハンブラのユダヤ王国最後の王であったボアブディル。母方の先祖はインド寄航中に現地の…

雪の女王(ジョーン・D・ヴィンジ)

アンデルセンの同名の小説をベースとした、SFファンタジーです。悪魔の作った鏡の破片が眼に入ったことから、雪の女王の虜となってしまった少年を探し求めて救い出す少女の冒険物語・・というのがオリジナル・ストーリー。少年の心を取り戻したのは、鏡の…

真夜中のマーチ(奥田英朗)

しがないパーティー屋からのし上がろうとする起業家の「ヨコケン」こと横山健司。驚異的な集中力を持つゆえに、仕事のできないダメ社員「ミタゾウ」こと三田総一郎。一生遊んで暮らしたいと願う、あこぎな成金美術商の娘「クロチェ」こと黒川千恵。行きずり…

イル・ポスティーノ(アントニオ・スカルメタ)

1960年代のチリ。岬の一軒家に隠棲しているのは世界的詩人のパブロ・ネルーダ。ネルーダ専門の郵便配達人となった漁師の息子マリオは、酒場で一目惚れしたベアトリスに捧げる詩を書いて欲しいと、詩人に頼みこみます。 本書は、素朴な青年が詩人と交流し…

ジョゼフ・フーシェ(シュテファン・ツヴァイク)

伝記・歴史小説の大家による、『マリー・アントワネット』と並ぶ「フランス革命もの」の傑作です。 このフーシェという人物、国民公会議員に当選した当初はジロンド派に属していたものの、ルイ16世裁判において処刑票を投じたことを契機として一時はロベス…

タスマニア最後の「女王」トルカニニ(松島駿二郎)

「世界で一番空気と水のきれいな島」タスマニアの歴史の陰部を描いたノンフィクション。大英帝国植民地下でタスマニアン・アボリジニが絶滅に到った過程を「読み物」とした作品です。 オーストラリア本土と同様にタスマニアも、犯罪者の流刑地として扱われて…