りぼんの読書ノート

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この世界を逃れて(グレアム・スウィフト)

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著名な戦場カメラマンから航空写真家へと転身したハリー。精神を病んでアメリカに移住し、セラピストの治療を受ける娘ソフィー。交互に語られるモノローグが、家族の葛藤を明かしていきます。

ハリーの父親ロバートは、家業の軍需産業を拡大して巨富を築いた男。息子を後継者にしようと説得を続けたものの、父親を嫌うハリーはカメラマンとなって戦場へ。しかし父親がテロで爆死する様子を目撃して、ファインダー越しに事件を見ることをやめる決意をするのです。

ハリーの娘ソフィーは、飛行機事故で死亡したギリシャ人の母親アンナを見捨てたかのような父親を嫌っていました。さらに、祖父ロバートの爆死の瞬間にカメラを構えた父親の姿を見てしまってから、憎しみは決定的なものとなってしまいます。精神のバランスを崩してアメリカへ移住してからは、音信不通状態。

過去を振り返ってばかりいた物語は、最後の最後になって動き始めます。ハリーは娘よりも若い女性との結婚を決意し、ソフィーは父親からの手紙に触発され、和解を試みるためにイギリスへと向かうのです。物語はそこで終わるのですが、「この世界」を逃れようとしても、自分が生きてきた「この世界」を忘れることはできず、そこに戻ってくるしかないとの現実が、「家族の葛藤」という形で表わされているのでしょう。

再会を果たすであろう父娘の和解がなるか否かは、読者に委ねられています。

2011/6