りぼんの読書ノート

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抱擁、あるいはライスには塩を(江國香織)

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時代と語り手を次々と変えながら紡がれる、三世代に渡る「風変わりな家族の物語」は、江國さんの新境地でしょうか。まずは、東京・神谷町にある大正期に建築された洋館に暮らす柳島家の10人の家族を紹介しておきましょう。

第一世代の竹治郎は、呉服屋の番頭から独立して貿易会社を興した立志伝中の人物。イギリス遊学時代に出合った亡命ロシア人の娘と結婚。絹と名づけて生涯を共にします。「みじめなニジンスキー」、「かわいそうなアレクセイエフ」、「ライスには塩を」という、家族の間の合言葉を持ち込んだのは絹でしたが、2人の馴れ初めには秘密もありました。

第二世代は、竹治郎と絹の間に生まれた3人の子供たち。長女の菊乃は聡明で奔放な性格。23歳で家を出て自活し、8年後に戻って父の部下で幼馴染みの豊彦と結婚するのですが、その時には既に別の男性の子を宿していました。次女の百合は家庭的な性格。若くして結婚したものの、嫁ぎ先の保守的な家風と合わず、身体を壊して実家に戻されます。その後は大学の英文科で教えながら独身を通します。長男の桐之輔は、海外放浪の間に作家を志すのですが、帰国後はやはり独身を通します。

第三世代は菊乃と豊彦を父母とする4人の子供たち。長女の望の実父は豊彦ではありませんが、母に似て才媛であり、北京大学に留学した後も帰国せずに香港で生活する道を選びます。長男の光一は、事実上叔母の百合に育てられたお坊ちゃん。祖父と父の会社に入りますが、彼の良さを引き出してくれる女性と出合って普通に結婚。家を出て2人の生活を営みます。

次女の陸子はやはり才媛で、作家となる道を歩みます。ホテル・ニューハンプシャーのリリーを思い出しました。そういえば陸子も小柄なんです。次男の卯月は、父の豊彦と浮気相手の麻美との間に生まれた息子。姉兄と違って学業には優れませんが、気の優しい子に育ち、実母と生活するために柳島家を出る選択をします。

物語は、麻美の提案で「子供は大学入学まで自宅学習」との方針を見直し、光一、陸子、卯月が小学校に通うようになるところから始まります。集団生活に慣れない子供たちは学校に馴染めず三ヶ月もたたないうちに退学することになるのですが、このエピソードは、独特の価値観と美意識を持つ柳島家の人々が、世間に飛び出しては気高く敗北する歴史の一部であったことを、読者はすぐに知ることになります。

時代の中で滅び行くのはライフスタイルだけなのか、それとも・・。世代の異なる個性的な登場人物に読者の共感を向けさせるには、著者の力量が必要ですね。北杜夫さんの『楡家の人びと』を思わせる作品です。

2011/6