りぼんの読書ノート

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ムーア人の最後のため息(サルマン・ラシュディ)

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高貴な血族の末裔であり、呪縛を受けた身体に生れ、数奇な運命に弄ばれた男性、ムーアことモラエスが語る、魔術的な魅力に満ちたインドの一族の物語。父方の先祖はアルハンブラユダヤ王国最後の王であったボアブディル。母方の先祖はインド寄航中に現地の女性と通じたバスコ・ダ・ガマといいますから、ムーアの両親はそれぞれ名門の末裔。

しかし、ムーアの出生は呪われていました。ボンベイで表と裏のビジネスに通じて「帝国」を築いた父のエイブラヒムは、祖母からの借金のカタにまだ生まれてもいない息子を差し出すことを約束し、絶世の美女で才気あふれる画家である母・オローラは、祖母を見殺しにした呪いを受けているのです。

そのせいなのか、ムーアの身体は通常人の倍の速さで年老いていくのです。見かけは逞しい青年の身体を有していた少年時代には、家庭教師の女性に弄ばれ、ようやく出合った運命の美女ウマは、母・オローラと対立して怪しい状況で自殺。殺人の罪で訴えられたムーアは、ボンベイの暗闇に堕ちていきます。そしてオローラの死。

タイトルは、画家であった母が息子をモチーフに描いた連作シリーズのことですが、母の死とともに失われた作品を求め、母を殺害した犯人を追うムーアがたどり着いた相手とは意外な人物だったのです。

インド独立運動の時代から、インド・パキスタンの分離独立を経て、民族対立が激化するテロの時代を背景に繰り広げられる、ムーアと一族の物語はまさに混沌。インドの近現代史を彩る実在の人物や実際の事件が、インドの神話・伝説とともに綴られるというだけでも破壊力抜群なのに、それが倍化されるのですから。

そして混沌の中から立ち上がってくるものは、ムーアの抱く悲しみです。数奇な一族の運命に対して、祖国インドの歴史に対してムーアが流す涙は、驚くことに、普遍的な悲しみのように思われてきます。

2011/6