「重厚長大」な作風で知られる著者の唯一の短編集ですが、作品そのものより著者自らによる「イントロダクション」が最高です。この当時は未熟だったとか、文学的な誤りを犯したとか、意味がわからずに言葉を使ったとか、別の作家の作品からプロットを盗んだとか、とにかく、自分の作品のけなしかたが、半端じゃありません。でも、その中から彼の「文学論」が見えて来るのですから、これだけでも読む価値がありますね。
「スモール・レイン」大卒でありながら志願して陸軍の兵士となったレヴィーンが、仲間とともにハリケーンに襲われた村の救援に向かわされます。こいつ、徹底してダメ男なんですけど、自分の無気力さを笑い飛ばす知性くらいはあるんですね。
「ロウ・ランド」ゴミ屋と泥棒の友人と一緒に妻から家を追い出されたデニスは、ゴミ廃棄場に泊まるのですが、そこで妖精のように小さなジプシー娘と出会います。これはファンタジー?
「エントロピー」宇宙はいつの日かヒート・デスを迎え、すべての地点の熱エネルギーが等価となって一切の形態も運動も成り立たない辺獄(リンボ)になると信じて、愛人と閉じこもる男と、階下のバカ騒ぎの対比は、現代文化と社会の無秩序化を嘲笑しているのでしょうか。
「アンダー・ザ・ローズ」19世紀末の北アフリカで暗躍する紳士的な英国スパイが、合理的なドイツスパイに敗れ去ります。後の『逆行』は「世紀の変わり目」を描いた超傑作ですけど、これだけ読むと駄作でしょう・・たぶん(笑)。
「シークレット・インテグレーション」天才少年と彼の多彩な友人たちは、秘密の隠れ家で秘密の作戦を練っていたのですが、アル中の中年男を助けに行くハメになってしまいます。黒人を差別したり異分子を排除しようとする大人たちと、どこか懐かしさを感じさせる少年たちの対比が素晴らしい。本人も、この作品のことは褒めています。
とかく「難解」と言われるピンチョンですが、この作品集は読みやすかったですね。でも著者の言うとおり「駄作」もありますので、気をつけてください。
2011/6