りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2021-02-01から1ヶ月間の記事一覧

2021/2 Best 3

現代は、ポピュリズムによって生み出され、ネットによって増幅される新たな分断の時代なのでしょうか。新型コロナという全人類にとっての災厄ですら、分断を広げる方向に働いているように思えます。そんな時には、過去に何度もあった分断の時代の中で、静か…

後継者たち(ウィリアム・ゴールディング)

著者の処女作『蠅の王』は、人類の理性を信じたジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』を批判して、無人島に漂着した少年たちの世界に悪意が生まれてくる過程を描いた寓意的な作品でした。それに続く第2作は、人類の進化と進歩を是とするH・G・ウェルズ…

シャルロッテ(ダヴィド・フェンキノス)

シャルロッテ・サロモンという画家がいたことを、本書で初めて知りました。作品を調べてみると、シャガールにょうな幻想性とココシュカのような野生を併せ持ったような独特の画風です。しかも彼女は26歳の若さでアウシュヴィッツで亡くなっているのです。…

孔丘(宮城谷昌光)

孔子を題材にした小説は多いのですが、本書が決定版なのではないでしょうか。井上靖の『孔子』は晩年近くの14年間にわたる放浪を中心に描いたものでしたし、丁寅生の『孔子物語』は論語の有名な言葉がどんな人生の局面で語られたのかを推測した作品でした…

ツインスター・サイクロン・ランナウェイ(小川一水)

人類が宇宙へ広がってから6000年。辺境の巨大ガス惑星FBBでは、都市型宇宙船に住んで周回軌道に暮らす者たちが、大気の中を泳ぐ昏魚を捕えて暮らしていました。全質量可換粘土で造られた浮遊漁船を操るのは男女の夫婦ペアであり、脳波投射で船体を変…

月人壮士(澤田瞳子)

古代日本を舞台とする小説の書き手として最右翼の著者を、まさか「山族と海族の対立」を縛りとする「螺旋プロジェクト」の一員に加えるとは、出版社の企画力おそるべし!しかも互いに相いれない山族と海族が、天皇家と藤原氏というのですから、面白くないわ…

地球のはぐれ方(村上春樹ほか)

梯久美子さんの『サガレン』を読んで、この本のことを知りました。村上春樹さん、吉本由美さん、都築響一さんの3人からなる「東京するめクラブ」が行った「変な旅行」の中で、サハリンが紹介されていたというのです。確かに本書で紹介されているのは、近場…

罪の声(塩田武士)

1984年から翌年にかけて発生して、未解決のまま2000年に時効が成立したグリコ森永事件は、不思議な事件です。怪人20面相を名乗って警察を挑発するという愉快犯的な手口に加えて、グリコ社長誘拐や青酸菓子のばらまきなどの凶悪な一面も持っている…

サイバー・ショーグン・レボリューション(ピーター・トライアス)

第二次世界大戦の勝者が枢軸国側であり、アメリカは日独に分割統治されているという設定の歴史改変SFは、『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』と『メカ・サムライ・エンパイア』に続く本書で完結します。 第1作が1988年、第2作が1990年代…

ダーク・ブルー(真保裕一)

有人潜水調査船「りゅうじん6500」の活躍を描いた海洋冒険小説です。もちろんモデルは実在する「しんかい6500」であり、本書の日本海洋科学機関(JAOTEC)とは、国立の海洋研究開発機構(JAMSTEC)のこと。 大深度まで潜水できる調査船…

私はゼブラ(アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ)

イランの地で「独学・反権力・無神論」の3つの柱を掲げ、「文学以外の何ものをも愛してはならない」を家訓とするホッセイニ一族の末裔として生まれたビビの人生は、スタートポイントから歪んでしまいました。ビビが5歳の時に、イラン革命とイラン・イラク…

ののはな通信(三浦しをん)

横浜のミッション系女子高に通う野々原茜(のの)と牧田はなの2人は、生まれも性格も正反対。庶民的な育ちで優秀でクールな性格のののと、外交官の娘で帰国子女で天真爛漫なはな。しかし2人は互いに友情以上の気持ちを抱き合ってしまったのです。一時は互…

忘却についての一般論(ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ)

ポルトガル系とブラジル系の両親を持ち、1960年にアンゴラで生まれた著者は、今もアンゴラに居住してポルトガル語で創作を続けている作家です。1975年に独立を達成した後も27年間に及ぶ泥沼の内戦に苦しんだアンゴラの作家というと、重いテーマを…

サガレン(梯久美子)

「サガレン」とは「サハリン」の旧名のこと。何度も国境線が引き直された国境の島です。もともとアイヌ、ニブフ、ウィルタなどの民族が暮らしていた島に、日露両国が入ってきたのは江戸時代の末期。1854年の日露和親条約では帰属未定のままであったサハ…

奈良・京都の古寺めぐり(水野敬三郎)

本書の副題は「仏像の見かた」であり、飛鳥時代から鎌倉時代にかけての仏像の特徴を、代表的な名作をあげながら紹介してくれています。2012年から2019年にかけてほぼ7年間、大阪で暮らしていたので、奈良・京都には何度も行って寺院や神社、仏像な…

彼女たちの部屋(レティシア・コロンバニ)

パリ11区に女性会館(Palais de la Femme)という救世軍の施設があります。300ほどの居室を有し、困窮して住む場所を持たない単身女性や母子を国籍を問わずに受け入れている、20世紀初頭に建設された歴史的建築は、どのようにして今の姿になったので…

ビターシュガー(大島真寿美)

『虹色天気雨』から数年後、市子、奈津、まりの友達関係には変化がありません。もっともそれぞれの生活には大きな変化がありました。奈津は失踪騒ぎを起こした夫・憲吾とは別居して一人娘の美月と2人暮らしの中で、秘書として再び働き始めています。美月も…

虹色天気雨(大島真寿美)

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で直木賞を受賞した著者のメジャーデビュー作は『ピエタ』だと、ずっと誤解していました。先月読んで読後感が良かった『チョコリエッタ』の主人公は少女ですが、こちらはもう30代後半の女性たちが主人公の作品です。 市子、奈…

愛なき世界(三浦しをん)

三浦さんは「お仕事小説」の第一人者でもあったのですね。もちろん巷に溢れている成功物語とは一味違って、仕事を通して深遠な世界を垣間見せてくれる作品が多いのです。辞書編集者たちの無限の精進を描いた『舟を編む』も、文楽の世界を描いた『仏果を得ず…

雨上がり月霞む夜(西條奈加)

2冊続けて『雨月物語』に新解釈を施した作品を読んでしまいました。日本ファンタジーノベル大賞を受賞した『金春屋ゴメス』でデビューした著者は、すっかり正統派時代小説の書き手になってしまったようですが、やはり妖しい物語が似合います。本書は上田秋…

雨月物語(岩井志麻子)

池澤夏樹編『日本文学全集11』に円城塔の新訳による『雨月物語』は傑作でした。本書は、母や姉や妻たちの視点から女性の執念の恐ろしさが語られる『岩井志麻子版・雨月物語』です。商家に養子に出された上田秋声の母は、なぜ実子を手放したのでしょう。我…

ホーム・ラン(スティーヴン・ミルハウザー)

独創的で魅力的な作品を生み続けている著者による短編小説集ですが、訳者はまず末尾に収録された「短編小説の野心」というエッセイを読むように勧めています。作者の求める短編とは「人生の一断片をさりげなく切り取る」ものでも、「あっと驚くどんでん返し…

北海タイムス物語 (増田俊也)

何とも壮絶な「お仕事小説」です。しかも本書は、著者の自伝的な要素を多分に含んでいるのです。 まだバブルも終わっていない1990年に、新聞記者を志望しながらほとんど全ての新聞社の入社試験に落ちた主人公・野々村がようやく採用されたのは、札幌にあ…

人生の段階(ジュリアン・バーンズ)

「新潮クレストブックス」はほとんど読んでいるのですが、「最愛の妻を亡くした作家の思索と回想」という本書のことは辛く思えて、ずっと手を出せずにいたのです。思い切って読んで見たのですが、やはり辛い作品でした。 本書は奇妙な3部構成で成り立ってい…

蒼色の大地(薬丸岳)

伊坂幸太郎さんの提唱で8組9人の作家陣が、古代から未来の日本を舞台にして、「あるルール」のもとに競作した企画の中の1冊です。そのルールとは、日本の歴史は海族と山族という2つの種族の抗争の中で営まれてきたというもの。著者が描き出した世界の舞…

ひとり旅立つ少年よ(ボストン・テラン)

虐待された少女の復讐劇をリアルに描いた『音もなく少女は』の著者が2018年に出版した最新作は、奴隷制度によって分断された世界を旅する少年の物語でした。 南北戦争直前の時代。12歳の少年チャーリーの父親は希代の詐欺師であり、ニューヨークの牧師…