りぼんの読書ノート

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雨月物語(岩井志麻子)

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池澤夏樹編『日本文学全集11』に円城塔の新訳による『雨月物語』は傑作でした。本書は、母や姉や妻たちの視点から女性の執念の恐ろしさが語られる『岩井志麻子版・雨月物語』です。商家に養子に出された上田秋声の母は、なぜ実子を手放したのでしょう。我が子に対する盲執と歪んだ愛情に苦しみながら亡霊となった母は、なぜ秋声に恐ろしい物語を語り続けたのでしょうか。語り手の女性たちが皆、母の分身のように思えてきます。

 

「白峯」

崇徳院の猛る声とそれをいさめる西行法師の姿を見届けたのは、崇徳院を不義の子として産んだ母である待賢門院璋子でした。息子が浄土へと旅立った後も怪鳥の姿で白峯にとどまる璋子のことを、かつて彼女を愛した西行は気づいてくれたのでしょうか。

 

「菊花の約」

友人宗右衛門をひたすらに待ち焦がれる左門の慟哭を慰めたのは、老いた母だったのでしょうか。それとも宗右衛門を演じた不実な旅芸人を待って狂気に落ちた初心な娘なのでしょうか。時空を超えて虚実が重なり合っていきます。

 

浅茅が宿

夫を待ち続けた妻・宮木の死を知った勝四郎の悲嘆を冷ややかに眺める女は、はるか昔に世を去った真間の手児奈のようです。彼女を殺害したストーカーが作り上げた美談によって伝説の美女とされた女の、男に対する恨みは深いのです。

 

「夢応の鯉魚」

鯉になって池を泳ぎ回った高僧興義が隠し続けたのは、伝説の鯉の絵ではありません。彼には若いころ、琵琶湖で水浴する遊女を犯して殺害した過去があったのです。魚にもなれず人にも戻れず、まして琵琶湖の女神にもなれない遊女の魂が解放される日は来るのでしょうか。

 

「仏法僧」

高野山に留まる関白秀次の荒ぶる魂を諫めたのは、寵童であった美少年・不破万作でした。この作品だけ語り手が男なのですが、彼の心は女なのです。成仏も生まれ変わりもできずに深森に留まらざるを得ないのは、そのためなのでしょうか。

 

吉備津の釜

完璧な妻を演じてきた磯良の凄惨な嫉妬心に追われる正太郎には、愚かながら可愛らしさも感じられます。本当に恐ろしいのは、完璧な娘に嫉妬して、鳴釜占いの不吉な結果を口外せずに不幸な結婚へと追いやった母親なのです。

 

「蛇性の婬」

網元の家の末っ子に生まれた豊男を白蛇の淫靡な美しさに囚われる恐怖に陥れたのは、彼と不義の関係を結んだ義姉だったようです。真女児を追い払っても、魔性の義姉は留まり続けるのです。

 

「青頭巾」

白骨の妄念を隠した青頭巾を成仏させた快庵禅師でしたが、彼にもまた執念深い女の霊が寄り添い続けていたのです。悪霊にもならず、成仏も望まない女の霊が、一番始末に負えないのかもしれません。

 

「貧福論」

貧しかった故に哀しい運命をたどった秋成の母の本音は、この物語に秘められていたのかもしれません。

 

2021/2