りぼんの読書ノート

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忘却についての一般論(ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ)

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ポルトガル系とブラジル系の両親を持ち、1960年にアンゴラで生まれた著者は、今もアンゴラに居住してポルトガル語で創作を続けている作家です。1975年に独立を達成した後も27年間に及ぶ泥沼の内戦に苦しんだアンゴラの作家というと、重いテーマを重い口調で語りそうなものですが、本書はそうではありません。内包しているテーマは重いものの、本書には逞しく、華やかで、コミカルな人々が多く登場するのです。

 

主人公はポルトガル人女性のルドヴィカ(通称ルド)。「ある事件」以来、広場恐怖症で姉の世話になり続けていたルドは、姉がアンゴラポルトガル系オランダ人である鉱山技師と結婚した際にアンゴラの首都ルアンダに移り住みます。しかしその時アンゴラでは、独立戦争が激化しつつあったのです。動乱のさなかに姉夫婦は消息不明となり、ルドはマンションに閉じこもります。部屋の入り口をセメントで固めて愛犬とともに孤立し、姉夫婦が貯蔵していた膨大な食料品と、部屋に連れ込んだ鶏と、屋上テラスの野菜や果物で生き延びます。しかもその生活は27年間も続いたのでした。

 

長生きしてくれた飼い犬が亡くなってからは、全く孤独な生活となり、飢えは常態に。銃声や叫び声などの外界の騒音には耳を閉ざし、ベランダから眺める乱闘や虐殺には目を背け、ひたすら自己と対話する言葉をありとあらゆる紙や壁に記し続ける日々。しかし外界の独立戦争と内乱を乗り越えた人々が、運命に手繰り寄せられるようにしてルドのもとに集まった時に、ついに扉が開くのです。

 

その時に居合わせたのは、ルドとも奇妙な関りを有しながら、それぞれに数奇な人生を歩んだ人たちでした。秘密警察の捜査官であったモンテ。彼に捉われて銃殺刑に処せられたものの奇跡的に生き延びた傭兵のジェレミアス。やはり彼に捉われて棺桶に入って脱獄したペケーノ・ソバ。失踪事件の捜査を頼まれたダニエル。母親を殺害されたストリートチルドレンのサバル。ダイヤモンドや伝書鳩を用いて政治犯を救い続けた巨体の修道女で看護師のマダレナ・・。

 

次々と不思議な事件を起こしてみせて、後からさりげなく種明かしをしていくという手法は、本書の内容とよくマッチしていました。ひとつだけネタバレを書いてしまうと、ルドが少女時代に遭遇した「ある事件」とは強姦です。本書は被害者なのに売女とののしられた少女が、長い長い時を経て解放される物語でもあるのです。もちろんルドが部屋に籠り続けた27年間は、内戦の期間です。ナチスが支配した時代に成長を止めていた『ブリキの太鼓ギュンター・グラス)』のオスカルと共通するものを感じます。

 

2021/2