りぼんの読書ノート

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ひとり旅立つ少年よ(ボストン・テラン)

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虐待された少女の復讐劇をリアルに描いた『音もなく少女は』の著者が2018年に出版した最新作は、奴隷制度によって分断された世界を旅する少年の物語でした。

 

南北戦争直前の時代。12歳の少年チャーリーの父親は希代の詐欺師であり、ニューヨークの牧師から奴隷解放運動資金の名目で大金を巻き上げます。チャーリーがその茶番劇に協力したのは、父親の目的が精神病院にいる母親を救い出して親子3人で一緒に暮らすためと信じていたからでした。しかし父親は、母親には退院の目途は立っていないことを知っていたのです。そして父親は、その金を狙う悪党によって殺害されてしまうのでした。

 

チャーリーはその金を本来の約束通りに奴隷解放運動家たちに届けるべく、ひとりでミズーリへ向かいます。それは、大金を裏地に縫い込んで隠した上着をまとったことで「邪悪なものも受け継いでしまった」と悩み苦しむ少年にとっての贖罪の旅にほかなりません。少年は、行く先々で出会う悪党たちによって危地に追い込まれる一方で、善意の人々によっても救われていきます。しかも父親を殺した悪党たちもまた、執拗に少年を追い続けるのです。

 

本書の解説にある通り、少年の旅は『指輪物語』で「一つの指輪」をモルドールへと運ぶホビットの旅を思わせます。少年を導いたものは予言ではなく、ニューヨークの桟橋で出会った詩人から手渡された一片の詩編です。その詩人とは、民主主義の信奉者であり、奴隷解放運動家であり、アメリカの国土を賛美したホイットマンのこと。ホイットマンの詩の一篇をタイトルとした本書が、2018年という新たな分断の時代に書かれたことは、決して偶然ではありません。

 

2021/2