1. 眠りの航路(呉明益)ウー・ミンイー
不思議な睡眠障害の治療のために日本を訪れる主人公は、著者の分身です。彼は生涯寡黙だった父親が語ることのなかった過去を追体験していくことになります。それは太平洋戦争末期に少年工として日本に渡った父親の体験は、戦後の台湾では長らく語られることなく歴史の裏側に隠されていた「失われた世代」の物語でした。「祖国喪失」は普遍的なテーマですが、旧植民地の人々への責任という視点から本書を読むことができるのは日本人だけなのです。
2.ウォーターダンサー(タナハシ・コーツ)
19世紀アメリカにおいて奴隷制が認められていた南部諸州から北部自由州へ黒人奴隷たちが脱出することを支援した組織が「地下鉄道」です。ファンタジー的な要素を多分に込めて黒人奴隷の少年の脱出物語を描いた本書には、「奴隷制から逃れるための最大の武器は記憶である」との著者の主張が込められています。日系人のような名前に聞こえますが、著者は「Ta-Nehisi」というアフリカ系アメリカ人です。
3.冬(アリ・スミス)
英国のEU離脱投票を受けて開始された「四季4部作」の『秋』に続く第2作ですが、各作品はそれぞれ独立しているので、この1冊だけでも十分に楽しめます。ブリグジット投票の余韻も残る2016年のクリスマスに、息子が実家に連れて来た偽の恋人が、長年仲違いしていた老姉妹の再会を促したことで、埋もれていた家族の歴史が呼び覚まされていく物語。「分断と排斥」に穴を穿つ若い女性が、イギリスから追放されそうな東欧移民であることには、もちろん大きな意味があるのです。
【次点】
・ビンティ(ンネディ・オコラフォー)
・結 妹背山婦女庭訓波模様(大島真寿美)
【その他今月読んだ本】
・紅霞後宮物語 第0幕5(雪村花菜)
・幻想商店街(堀川アサコ)
・極北へ(石川直樹)
・小鳥はいつ歌をうたう(ドミニク・メナール)
・虹をつかむ男(ジェイムズ・サーバー)
・恋愛未満(篠田節子)
・熱源(川越宗一)
・北海道浪漫鉄道(田村喜子)
・ウエスト・サイド・ストーリー(アーヴィング・シュルマン)
・チンギス紀 11(北方謙三)
・詐欺師の楽園(ヴォルフガング・ヒルデスハイマー)
・家族じまい(桜木紫乃)
・あきない世傳 金と銀10 合流篇(高田郁)
・小樽運河ものがたり(田村喜子)
・鯖猫長屋ふしぎ草紙 5(田牧大和)
・鯖猫長屋ふしぎ草紙 6(田牧大和)
2022/4/30