巨匠ル・カレさんの2作品、現役感バリバリでブリグジットを扱った『スパイはいまも謀略の地に』と、創作の秘密を垣間見せてくれた自伝的小説『地下道の鳩』は、どちらも素晴らしい作品でした。今月は良い作品にたくさん出会えたのですが、どれもめちゃくちゃ強烈なインパクトを残してくれた作品ではなかった印象です。短編の秀作が多かったせいかもしれません。
1.ラスト・ストーリーズ(ウィリアム・トレヴァー)
アイルランドが生んだ短編小説の名手の「最後の小説」は、著者の死後2018年に出版されました。精緻な人間観察と細やかな心理描写に加えて、複雑な人生を一瞬で描き出しながら余韻を残す魅力は、最後まで冴え渡っています。。一語たりとも読み飛ばせない作品ばかりですが、なんといっても、どの作品でもラスト一文が素晴らしいのです。
2.その日の後刻に(グレイス・ペイリー)
1922年にニューヨークに生まれ、84年の生涯でたった3冊の短編集を残しただけの著者に惹かれる人は数多いのですが、村上春樹さんもそのひとり。30年近くの歳月をかけて全作品を翻訳したのですから。本書は、『最後の瞬間のすごく大きな変化』と『人生のちょっとした煩い』に続く、最後の短編集です。著者を含む友人たちとの「集合的人格」とおぼしき女主人公フェイスも、引き続き多くの作品に登場しています。
3.ブッチャーズ・クロッシング(ジョン・ウィリアムズ)
静謐な文章でひとりの教師の生涯を淡々と描いた『ストーナー』と同じ著者の作品とは思えないほど、荒々しい小説です。自然に憧れて西部のバックカントリーに乗り込んだ東部の学生が見たものは、自然の厳しさだけでなく、西部開拓史を貫くアメリカの勝利主義だったようです。
【次点】
・ローズ・アンダーファイア(エリザベス・ウェイン)
・スパイはいまも謀略の地に(ジョン・ル・カレ)
・地下道の鳩(ジョン・ル・カレ)
【その他今月読んだ本】
・ちいさな国で(ガエル・ファイユ)
・逆さの十字架(マルコス・アギニス)
・京都伏見のあやかし甘味帖 5(柏てん)
・謎が解けたら、ごきげんよう(彩藤アザミ)
・アカネヒメ物語(村山早紀)
・ウィンターズ・テイル 上(マーク・ヘルプリン)
・ウィンターズ・テイル 下(マーク・ヘルプリン)
・日本マンガ全史(澤村修治)
・シーソーモンスター(伊坂幸太郎)
・チョコリエッタ(大島真寿美)
・オオカミは大神(青柳健二)
・猫君(畠中恵)
・サブリナとコリーナ(カリ・ファハルド=アンスタイン)
・大江戸火龍改(夢枕獏)
・死にがいを求めて生きているの(朝井リョウ)
・トランクの中に行った双子(ショーニン・マグワイア)
・砂糖の空から落ちてきた少女(ショーニン・マグワイア)
・世界の果てのこどもたち(中脇初枝)
2021/1/30