りぼんの読書ノート

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2013/5 クラウド・アトラス(デイヴィッド・ミッチェル)

高村さんの新作も、ル・カレさんの新作も良かったけれど、5月のベストは映画にもなった『クラウド・アトラス』。時代を超えて「六重奏曲」のように響きあう6つの物語を貫くテーマには、心を揺さぶられます。

わくわくしながら読んだのは、冲方丁さんの「マルドゥック・シリーズ」。『天地明察』や『光圀伝』の著者としてしか知りませんでしたが、ここが出発点だったのですね。疾走感が素晴らしい。「ルパン・シリーズ」も読了まであと少し。意外と楽しめました。
1.クラウド・アトラス(デイヴィッド・ミッチェル)
マトリューシカのような「入れ子構造」を持つ、時代を超えた6つの物語からなる本書を貫くテーマは、「人生は限りない海の一滴でしかないが、どんな海も数知れない一滴からなるのではないか」との思いです。それは、19世紀の人物がつぶやいた「個人においては利己主義が魂を醜くする。人類においては利己主義は絶滅を意味する」という恐るべき予言への回答なのでしょう。「スルーシャの渡しとその後のすべて」のような未来図に陥らないためにも。

2.冷血(高村薫)上巻下巻
おなじみの合田刑事がが殺人事件に挑むという構図は、著者の「ミステリ回帰」を期待させますが、第1章で犯人像は明らかにされ、第2章で早くも逮捕されてしまいます。しかし本書は、そこから始まる物語なのです。決して言葉にはしえないであろう「殺人の動機」を求めて、合田は、そして著者は、言葉を費やしていかねばなりません。前書『太陽を曳く馬』で提示された「近代理性にとって代わる何ものか」が、著者の中で形になりつつあるように感じます。

3.われらが背きし者(ジョン・ル・カレ)
リゾートで偶然知り合ったロシア・マフィア幹部のディマから亡命を持ちかけられたイギリス人カップルが、英国諜報部に協力して脱出劇まで立ち会ったのは、圧倒的な存在感を発散するディマと家族たちに惹かれたからでした。しかし作戦が齟齬をきたす中で、ディマの存在感は失われていくのです。敵と味方の区別も、善と悪の境界も難しくなっている時代におけるスパイ小説は、純文学に限りなく近づいていくのでしょうか。

4.極北(マーセル・セロー)
極寒のシベリア。文明は崩壊しており、「天国よりもさらに空っぽな街」で孤独に生き延びているメイクピースは、ひとたびは同居人として迎え入れた少女の死と、飛行機の墜落を目撃したことによって凍った心を揺り動かされます。しかし彼女が見出したものは、文明の残滓を手中とした者たちが他者を奴隷化して、汚染地域をサルベージさせている光景にすぎませんでした。「意外感」に満ちた展開も見事です。



2013/5/30