りぼんの読書ノート

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後継者たち(ウィリアム・ゴールディング)

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著者の処女作『蠅の王』は、人類の理性を信じたジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』を批判して、無人島に漂着した少年たちの世界に悪意が生まれてくる過程を描いた寓意的な作品でした。それに続く第2作は、人類の進化と進歩を是とするH・G・ウェルズを批判して「人類の原罪」を断罪した作品となっています。

 

物語の大半で視点人物となるのは、ネアンデルタール人のロク。彼が所属している群れは、老首長と祭祀を司る老婆、2組の男女と幼い娘と赤ん坊から成り立っています。老首長は移動中に川に落ちたことが原因となって病を得て亡くなりますが、死はオアという大地神に引き取られたものと理解されている模様。老婆から次の首長に指名されたロクは少々頼りないものの、指導と責任の分担は明確で、食料も平等に分配され、性行為も自然でおおらかなもの。著者はここに「原罪以前」の生活を描こうとしたのでしょう。

 

しかしネアンデルタール人の縄張りに侵入してきた「新しい人間」は、彼らに攻撃を仕掛けてくるのです。高い知能をもって弓矢や丸木舟を操り、酒を飲み、偶像を崇拝する新しい人間たちによって、ネアンデルタール人は次々と襲われていき、最後に残ったロクも逃亡中に事故死して群れは滅亡してしまうのでした。そしてロクが亡くなった後の最終章で、新しい人間の視点から彼らの群れの中には、嫉妬や怨恨や野望があり、得体のしれないネアンデルタール人を悪魔として恐れ、退治しようとしていたことが明らかにされるのです。

 

冒頭にH・G・ウェルズの作品から「ネアンデルタール人は嫌悪すべき存在で、人食い鬼伝承の起源となった」との文章が引用されています。つまり新しい人間たちはウェルズの史観を体現する存在なのですが、現代に生きる我々と変わらない存在であるとも言えるでしょう。しかし著者は、それこそが「原罪」なのではないかと問いかけてくるのです。ネアンデルタール人の原始的な思考に基づいたとされる文章には理解しにくい個所も多いのですが、一読の価値がある作品です。

 

2021/2