りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2010/4 アニルの亡霊(マイケル・オンダーチェ)

今月の上位に選んだ作品には、著者が祖国に抱く感情がストレートに現れていたようです。それは、内戦に苦しむ祖国への鎮魂であり、戦乱の中でも生活を営む庶民への愛情であり、許されない犯罪を起こした国家の国民であるとの原罪意識であり、さらには祖国を逃れて難民となった者が「無国籍者として生きる自覚」でもありました。

大江さんの『個人的な体験』は初読でしたが、やはり「別格」としておきましょう。
1.アニルの亡霊(マイケル・オンダーチェ)
「政府軍の起こした大量殺人」の証拠を調査するために、国際的な人権機関から派遣され、内戦で荒廃した母国スリランカを15年ぶりに訪れた、女性法医学者のアニル。著者が見つめるものは「闇」であり、著者が書きとめるものは「夥しい死者の物語」。著者が祖国へ送る鎮魂歌のような作品ですが、叡智や尊厳がまだ死に絶えてはいないと思わせてくれる不思議な明るさも、ほの見えてくるかのようです。

2.乾隆帝の幻玉(劉一達)
清国皇帝・乾隆帝が愛していたという「玉碗」を巡って、北京の骨董商や、職人や、茶館の主人や、宦官や、貴族や、水売りや、車引きらが繰り広げる市井のドラマ。清朝滅亡直後という戦乱の時代でも日常生活を楽しみ、名誉のためには命も賭ける意地っ張りな「老北京(北京っ子)」の生活が、本書の中に息づいています。

3.逃げてゆく愛(ベルンハルト・シュリンク)
どうして「愛」は、自分の気持ちに忠実になろうとすればするほど、遠ざかってしまうのか。7つの作品からなる短編集ですが、どの作品からも、かつてナチズムの台頭を許した国民であるとの「原罪意識」が透けて見えるように思えてきます。




2010/5/1記