りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ヴィットーリオ広場のエレベーターをめぐる文明の衝突(アマーラ・ラクース)

イメージ 1

アルジェに生まれ育ってアルジェ大学哲学課を卒業した後に、ローマ大学文化人類学の博士号を取得した著者の作品は、「ミステリー仕立てのイタリア式喜劇?」と紹介されていますが、なかなか深い。

ローマ駅裏にあるヴィットーリオ広場に面したアパートで、殺人事件が起こります。殺害されたのは誰からも嫌われていた不良だったのですが、容疑者はイタリア人になりすましてアメーデオと名乗っていたアルジェリアからの移民だというのです。では、アメーデオの人物像を巡る証言を聞いてみましょう。

亡命中のイラン人コックのパルヴィーズは、アメデーオは彼の深い悲しみに気づいてくれた心優しい人物だと語り、アパートの門番を勤めるナポリ生まれの老婆ベネデッタは差別と偏見の塊のような人物なのですが、礼儀正しいアメデーオのことは気に入っていました。

ベンガル人移民のイクバールはアイデンティティに関わる登録名の間違いを正す手助けをしてくれたことで、また飼い犬を失ったエリザベッタは老人のペットへの愛情を理解してくれることで、それぞれアメーデオに感謝しています。さらに映画監督志望のオランダ人青年ファン・マルテンも、近所のバーの店主サンドロも、アメーデオのイタリア映画やローマに関する知識の深さに敬服しているんですね。つまりアメーデオを知る誰もが、彼のことを理想的なイタリア人とみなしているのです。

しかし、アメーデオにイタリア語を教えたことをきっかけに彼と愛し合うようになったステファニアは彼が移民であるとわかっていました。そしてアルジェ出身の魚売りのアブドゥッラーは、アメーデオが同郷出身であり、テロリストに婚約者を殺されたという彼の悲しい過去を知っていたのです。

アメーデオを疑っていたベッタリーニ警部の捜査によって犯人はあっさり割り出されるのですが、本書の主題は殺人事件の犯人探しではありません。アパートの居住者や訪問者が出合うエレベーターという装置・空間を舞台にしながら、多国籍・多民族国家となりつつある現代イタリアにおける「イタリア人と移民の関係」を鋭く考察した作品となっています。楽しく、興味深く読めました。

2012/9