りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ピアノ・レッスン(アリス・マンロー)

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短編の名手としてノーベル文学賞を受賞した著者が、1968年に出版したデビュー短編集です。平凡な人生の中で光り輝く一瞬を切り取る「作家の視点」は既に完成されています。著者の自伝的エピソードが多く含まれている点も興味深いもの。50年前の作品が、まったく色褪せていないことにも驚かされます。

「ウォーカーブラザーズ・カウボーイ」
ギンギツネ養殖に失敗して行商人に成り果てた夫に失望する妻。しかし父の行商に同行した娘は、今まで知らなかった父親の一面を知って安堵するのです。たとえそれが不純な行為であったとしても。

「輝く家々」
高級地化した住宅地の住人たちが、昔からのあばら家に住んでいる貧しい老婆を追い出そうと画策します。視点人物の若妻は同調できませんが、老婆のために彼女ができることなどないのです。

「イメージ」
父親に連れられて行った咲で荒々しい事件に遇した少女は、もう母の看護師を恐れることはなくなるのでしょう。著者の母親が、長くパーキンソン病を患っていた事実を思い出させる作品です。

「乗せてくれてありがとう」
従弟と車で出かけた先で渋々声をかけた少女は、貧しく悲惨な暮らしをしていました。いかにも狡猾な少女の祖母の「うちの孫娘は好きにしていいよ」とのあけすけな言葉とは対照的に、少女の態度は、世慣れてはいるものの素直なものだったのです。

「仕事場」
仕事場を借りて小説を書こうとしている主婦が、不愉快な家主の男に干渉され、付きまとわれてしまいます。これも著者の実体験なのでしょうか。

「一服の薬」
少年に振られた少女は、衝動的に大量のアスピリンを飲んでしまいます。でもこの行為には、失恋を乗り越える効果がありました。これも薬効?

「死んだとき」
母親が自慢する少女歌手が、世話するように言いつけられた弟を放置した時に事件が起こります。自分の家がモデルと思い込んだ男に抗議されたとのことですから、これも近所で起こった実話なのでしょう。

「蝶の日」
貧しくて弟の面倒を見ていて誰からも無視されている同級生のマイラと、ぎこちない交流を始めた少女の精神的葛藤は長くは続きませんでした。マイラは「ハッカツ病」で入院してしまったのです。

「男の子と女の子」
まだ性を意識していない少女が、ギンギツネの飼育をしている父親をはじめとする周囲の視点にさらされて「女の子」になっていく様子が描かれます。

「絵葉書」
裕福な男に遊ばれて捨てられた娘が、大騒ぎを起こして警官からたしなめられます。彼女はまだ失恋を乗り越えてはいませんが、やがて立ち直ることを予感させてくれます。

「赤いワンピース - 1946年」
母の手作りのワンピースを着て、はじめてのダンスパーティーに出た少女には、試練も罠も待ち受けています。誰もが、際どい所を通り抜けてくるのです。

「日曜の午後」
初心者メイドに自信を与えたのは、主人の従弟からのキスでした。でもこの後やってくるのは新たな屈辱かもしれません。

「海岸への旅」
オールドミスの娘を馬鹿にしている老婆が、アマチュア催眠術で死亡する事件が起こります。その様子を見ていた11歳の少女は、老婆は勝ち誇っていたかのように死んでいたという印象を抱くのです。

ユトレヒト講和条約
母の死を看取った姉と、葬儀にも出なかった妹。どちらの女性も、これから自分の人生を手に入れなくてはなりません。著者の母親の死は何度も題材にされていますが、どの作品でもどうにも言い表せない心情を感じます。

ピアノ・レッスン
零落したピアノ教師の老女が開いたみすぼらしいピアノ発表会で、奇跡のような出来事が起こります。この奇跡は長続きしないのでしょうが、その場に居合わせた少女の心には焼き付けられたのです。

2019/5