りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

雨上がり月霞む夜(西條奈加)

f:id:wakiabc:20201229142324j:plain

2冊続けて『雨月物語』に新解釈を施した作品を読んでしまいました。日本ファンタジーノベル大賞を受賞した『金春屋ゴメス』でデビューした著者は、すっかり正統派時代小説の書き手になってしまったようですが、やはり妖しい物語が似合います。本書は上田秋声が、白話や説話の域を超えた江戸怪異譚の傑作『雨月物語』を生み出すまでの物語。

 

大坂堂島の紙問屋の養子であった秋声は、店を焼いた火事の後に商家再興をあきらめました。医師として身を立てるために幼馴染の雨月が結ぶ庵に居候しながら、医学を学ぶ日々をおくっています。しかし彼は読本作家となる夢を捨てきれないでいたのです。

 

ところで友人の雨月は、飄々とした性格ながら妖しを引き寄せる体質のよう。雨月が「鳥獣戯画」に描かれた大妖が憑依したという子兎を拾ってきたことから、秋声の周囲にも怪事が起こり始めます。祖父が嫁に産ませた不義の子との怨念が起こした火事(紅蓮白峯)。嫁を犠牲にしてまで育てた息子が人非人となってしまった老母の悲しみ(菊女の契)。歳を取らずに帰らぬ夫を待ち続けた美貌の狂女との邂逅(浅時が宿)。僧侶を殺害して手に入れた名画に狂った代官(夢応の金鯉)。無実の父親を主命で討とうとする若侍が見た秀次の幻(修羅の時)。捨て去った亡妻の霊に祟られたと騒ぐ不良亭主(磯良の来訪)

 

不思議なのは、雨月が誰にも会おうとしないこと。そして「遊戯」と名付けられた兎の妖怪も、秋声のことを「真実を見ようとしないがさつ者」となじるのです。ついに遊戯は仲間の白蛇の精に頼み込んで、真女児の悲しい物語を秋声に語ってもらいます(邪性の隠)。さらに美童に迷って鬼となった僧(紺頭巾)の物語を聞いて、雨月が病で亡くなっていたことを思い出すに至ります。

 

では雨月とはいったい何者なのでしょう。なんのために秋声の世話を焼き、あの世とこの世のあわいの世界を秋声に見せ続けるのでしょう。そして雨月の正体に気付くことは、秋声の文才を目覚めさせるのでしょうか。読本作家に欠かせない才能とは、絵空事を操る「創」と、実を肉付けする「存」と、真理を見据えて物語に命を与える「考」だとのこと。己の真理を見失ったままでは秋声の望みは叶わないのですが、それは雨月や遊戯を失うことなのでしょうか。

 

ひとつひとつのエピソードはオリジナルに及ばないのですが、上田秋声が真の作家になるための成長物語として優れた作品です。松井今朝子さんが十返舎一九の誕生を描いた傑作『そろそろ旅に』を思い出しました。「鳥獣戯画」の兎のキャラもいいですね。

 

2021/2