りぼんの読書ノート

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北海タイムス物語 (増田俊也)

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何とも壮絶な「お仕事小説」です。しかも本書は、著者の自伝的な要素を多分に含んでいるのです。

 

まだバブルも終わっていない1990年に、新聞記者を志望しながらほとんど全ての新聞社の入社試験に落ちた主人公・野々村がようやく採用されたのは、札幌にある北海タイムス。歴史ある名門地方紙であるものの、襲来してきた全国紙とライバル北海道新聞の戦いの狭間に落ち込んで、衰退の一途をたどり続けている新聞社でした。実際、本書の時代からすぐ後の1998年に廃刊となっています。

 

人員削減の結果、他社の4倍の仕事量にして7分の1の年収というブラックな職場。管理職になっても年収は200万にすぎず、休みの日には工事現場に働きに行く始末。しかも超過勤務が多いので、その休みすら満足に取れません。それに加えて、野々村が配属されたのは取材記者ではなく、整理部という裏方の仕事だったのです。厳しすぎる先輩に無視され続け、大学時代の彼女からも振られるというおまけつき。「どうしてみんな辞めないんですか」との野々村の言葉は、当時の著者自身の本音だったのでしょう。

 

しかし本書には救いがあるのです。もちろん大新聞を蹴落とすとか、給料が大幅に上がるとか、取材記者になって大スクープをものにするとか、全国紙からスカウトされるとかの奇跡などは起こりません。本書における救いとは、ひとことで言うと達成感なのです。気難しい上司の本心に触れ、変人たちとの難しいに人間関係に心を開き、小さな職場にも蔓延する差別意識の無意味さに気付いて初めて、野々村は仕事の意義や面白さを理解できるようになるのです。

 

何とも熱くて泥臭い作品ですが、スマートな「お仕事小説」とは次元が異なる、熱い作品でした。ちなみに、著者の分身は主人公の野々村ではなく、同期扱いの北大中退・元柔道部の松田なる人物のようです。こちらも野々村とは別の意味で問題児ながら、熱い人物です。

 

2021/2